エコメモSS

□NO.3101-
561ページ/742ページ

■強がりを維持するためにも

++++

 泣く子も黙る……と言っては失礼かもしれないけれど、泣く子も黙る菜月先輩にも苦手な物があるのだなとまた改めて知る。いや、菜月先輩は動物全般が苦手であるということを知ってはいたのだけど、それ以外の事柄だ。

「カセットコンロよーし、水よーし」
「さすが菜月先輩です。日頃から水を用意していらっしゃるのですね」
「いや、水は実家から送って来るんだ。都会の生水は飲めないだろうとか言って。豊葦は……と言うかこの辺は言うほど都会じゃないし、水道水で普通にご飯だって炊くのにな」
「しかし、それでもこのような時には備蓄として役に立っているので良しとしましょう」
「そうだな」

 連休を目掛けて台風が来る。そうニュースで繰り返す中で、菜月先輩とはある事柄について話し合いを繰り返していた。毎週土曜日にやっている昼放送の収録はどうしようかと。結論としては、土曜日は危ないから金曜日のうちにやってしまおうと、その言葉通りに収録はサッと済ませたんだ。
 だけど、話はそれで終わらなかった。事前に菜月先輩からは、何がどうなってもいいように夜を越せるだけの用意をしておいてくれと言われていた。必要な物はスマホの充電器に肌着類、衛生用品と言ったところか。そして事前の告知通り俺は今、菜月先輩のお部屋にお邪魔している。

「何か、すまない。まさか2日目に突入するとは」
「いえ、一応家には連絡してありますし、頑丈な建物にいるなら1日でも2日でもと言われましたので」
「星鉄が止まることは考えてなかったんだ」
「ですが、2人で2、3日やりくり出来るだけの備蓄は出来ましたし。申し訳ございませんが、明日まで居候させていただきたく」
「いや、こっちこそ。もう少し気晴らしに付き合ってくれ」

 俺が菜月先輩のお宅にお邪魔しているのは、気晴らしに付き合うという仕事のためだ。動物の他に菜月先輩の苦手な物、それが暴風だ。風がガタガタとガラスを揺らしたり、物がいとも簡単に吹き飛んでしまうのが怖いのだという。
 その他にも風がビョオオオと立てる音も恐怖を煽り、不安でどうしたらよいやらわからないし、呼吸も上手く出来なくなってしまうんだそうだ。というワケで、大きな台風が近付いているということで、白羽の矢が立てられたらしい。
 要は、風が怖いから一緒にいて欲しいというようなことだ。あの菜月先輩が動物……特に犬以外の苦手な物を晒すとは、今回の台風が相当怖いんだろうなと思う。だとすれば、少しでも不安を取り除けるようにするのが俺の仕事。実に名誉なことじゃないか。

「ノサカ、ついでだから野菜スープでも作ろうか」
「まさか、このタイミングで学祭の準備ですか!?」
「と言うか、こんなことでもやってないと気が紛れないんだ」
「わかりました。それでしたらお手伝いします」
「ただ、今日は作った野菜スープを試食の後に煮込みラーメンにするからな」
「それは楽しみです!」

 菜月先輩が台所で調理するのを隣で補助する。小さな鍋に野菜スープを作り、その分量などを記録するのが俺の係だ。菜月先輩が包丁を握っている姿を見ると、言葉には出来ない感情が込み上げて来る。トントントンと、包丁で具材がカットされる音もまた幸せだなと。
 しかしながら現在時刻は昼の12時。鍋をやる時間としては少し早いような気もするけど、食事の時間としてはごくごく普通。何の問題もなかった。とりあえず昼からガッツリ食べて、英気を養い雨風に備えるのだ。

「具はとりあえずこんな感じだろうけど、味はどんなモンだろう。ちょっと、味見を頼む」
「はい。……ん。少し薄めでしょうか」
「だよな。小さじ1杯ほど足してみようか。……うん。ん」
「はい。……あっ。これですね」
「それじゃあ、これでスープの試作はオッケーと言うことで、煮込みラーメン大会に移行するぞ」
「はい!」

 スープを作った鍋を部屋にセットした土鍋に流し込み、カセットコンロの火をつける。菜月先輩宅のカセットコンロは災害対策用にわざわざ用意した物ではなく、鍋パーティーを開催するために用意された物。だから使うタイミングとしては間違っていない。
 中華風野菜スープ(肉団子入り)の煮込みラーメン。絶対に美味しいヤツ。試作隊しか食べることのできない幻のまかないメニューだ。しかも菜月先輩お手製だぞ! 何か、台風に備えて引き籠もってるとは思えない程の幸せじゃないか。

「ラーメンを食べたらどうしようか。ゲームでもするかあ」
「いいですね」
「そしたら一緒にやるか」
「ぜひ!」
「停電しないことを祈るだけだな。冷蔵庫は別に、チューハイしか入ってないからいいけど電気が通らないとゲームが出来ないからな」
「全くです」
「まあ、トランプもあるにはあるからババ抜きにスピードに……2人アソビには事欠かないぞ」
「一応、1人で時間を潰す用にポータブルゲーム機と勉強道具も持ってきているので何でも出来ます」
「あ、そういやさすがに2日目にもなるとそろそろお風呂にも入らないとなあ。せっかくノサカもいることだし、お湯でも張るかあ。お湯入ってたらお風呂入るか?」
「そ、そんな! 俺にはお構いなく!」
「と言うか、お湯に浸かると単純にホッとするからな。気持ちを落ち着かせるためでもある。狭いところに籠ってられるし」
「でしたら、菜月先輩の思うままに」

 まだまだこの居候生活は始まったばかりだ。これから何が起こるかわからないけど、必要な情報を逐次チェックしながらどう動くかを考えて行こう。


end.


++++

去年かその前には圭斗さんを付き合わせていた菜月さんですが、今年はノサカを付き合わせています。風が怖いようです。
さて、何かスケジュール調整に失敗したのかまさかの2泊3日コースです。先週もラグビー見てたしノサカがそろそろ菜月さん宅にお邪魔し過ぎな件
申し訳程度に学祭要素も少し。せっかくなら装飾制作のデザインとか、そういう仕事もすればよかったと思うの。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ