エコメモSS

□NO.3101-
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■ご褒美ディナーショー

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 10月は学祭準備の曜日を問わないという風にアナウンスを入れてある。日曜日にしてもそれは例外でなく、サークル棟にはMMP以外にも学祭の準備に忙しくしている団体で賑わっていた。そんな人たちを掻き分け208号室に入ると、床一面に段ボールを広げて装飾の神が作業をされているところだった。

「やあ菜月さん、早いね」
「まあ、家にいてもすることはないしな。それに、先週は台風のおかげで外に出れなかったから進捗が遅れてるんだ」
「ん、それじゃあ僕は何をしようか」
「圭斗にも出来そうなことか……今はまだいいけど、買い出しとか?」
「やっぱりそうなるね」

 MMPではブースを彩る飾り物などを菜月さん1人が作るという感じになってしまっているのだけど、それは僕たち野郎連中がこのテの作業を異様なまでに苦手としているからだ。それ以外の理由としては、菜月さん自身の完璧主義も挙げられるかもしれない。
 如何せんこんな感じなので僕が直接何かを作るということはほとんどなく、仕事の手伝いとは名ばかりでやっていることは精々菜月さんの話し相手か買い出しの待機かという状態。まあ、それはそれで悪くはないのだけど。高校でも、美術はいいとこ2、頑張っても3だったからね。

「ん、何やら可愛い星の置物があるね」
「ああ、それな。段ボールで星型に模って、周りを100均とかにあるペーパーナプキンでデコったんだ。糊を水で溶いただけだから絵心が無くてもぺたぺた塗ればいいだけだし。それは昨日ノサカにやらせてたんだ」
「そうか、収録だったからか」
「ああ。収録の前後にも作業をやってたんだけど、やってる間にやりたいことが増えて、何故か始める前よりタスクが増えてるんだ」
「あれ、そう言えば下僕トリオは昨日青女さんに行ってたとか行ってなかったとかって」
「ノサカは行ってないって言ってたぞ。収録があるからパスしたって」
「パス出来るモンなんだな」

 りっちゃんを除く2年男子3人は、青女さんの下僕として日々働いているように思う。春にある植物園ステージの手伝いもしてたように思うし、今回にしても。ステージの手伝いを抜きにしても、遊びに関することでも主導権は基本的に青女さん……厳密には啓子さんにある。
 それと言うのもヒロが啓子さんに片想いをしていることが原因らしい。野坂と神崎は完全に巻き込まれた形だと。だけど、そんな絶対的権力の啓子さん相手に、番組の収録があるからとお断りの連絡を入れられるとは。野坂もなかなかやるな。ここ最近のモテ期が影響しているのか。

「ああそうだ圭斗」
「何だい?」
「食品ブースの方の話だけどさ、当日はサークルのカセットコンロの他にもうちのコンロも使うんだろ?」
「そうだね。菜月さんのコンロも使わせていただければ助かります」
「しばらく使ってないから動作確認もしといた方がいいんじゃないのかと」
「確かにね。ガス缶も買って来なきゃいけないし」
「圭斗君」
「何かな」
「辛い鍋が食べたくないか? それこそ、普段のMMPじゃ出来ないレベルのヤツをだ」
「ん、鍋の菜月スペシャルということかな。それは興味深いね。実際店の出汁や既製品のスープでは辛さが少々控えめだからね。動作確認を兼ねて今日の夜でもやるかい?」
「やろうじゃないか」

 僕と菜月さんはMMP屈指の辛党だけど、いざサークルメンバーでそういう集まりをやろうとすると味は一般的な尺度にしておく必要がある。カレーパーティーにしても、辛さの強い菜月スペシャルは小さな鍋に僕と菜月さんの2人分を小分けにする程度だ。
 辛さに苦手な神崎への配慮だとか、如何せん菜月さんの味覚は甘い辛い問わず極端であることなど……カレーパーティーが控えめな理由はいくらかある。だけど、そういうリミッターを取っ払ってしまえれば、僕と菜月さん好みの辛さまで上げに上げた鍋をやれるのではないか、と。

「それじゃあ、作業の後にはどっちにしても買い出しだね」
「そうだな。辛い系の鍋とキノコ類の相性は抜群だからぜひ欲しいところだな」
「いいねキノコ。シイタケにマイタケに、シメジもいいね」
「エノキも入れてくれ」
「あと、魚介類も捨てがたいね」
「あー、わかる。他の具はどうしよう」
「ニラやキムチも欲しいね」
「いいな。シメはうどんかラーメンか」
「どっちも美味しそうだね」

 ……などと辛い鍋の展望を話していると、何やらこっちに近付いてくる足音が。

「おはようございます」
「あれっ、野坂じゃないか。どうしたんだ?」
「菜月先輩は今日もいらっしゃると昨日の時点で聞いていたので俺も作業の続きをやろうかと思って来たのですが、まさか圭斗先輩までいらっしゃるとは思わず」
「僕は菜月さんの助手として待機しているところだよ」
「そうでしたか」
「ノサカ、今日はここでの作業を少し早めに終わらせて、カセットコンロの動作確認を兼ねた鍋大会をうちと圭斗でやる予定なんだ。良かったらお前も参加するか?」
「鍋大会ですか? ぜひ!」

 まあ、僕と菜月さんのいる鍋大会とかいう単語に野坂が釣られないはずがなかったんだよなあ。

「ちなみに、何鍋でしょうか」
「うちと圭斗のためのプチ辛鍋だな」
「え。菜月先輩の「プチ辛」が一般的尺度のプチ辛なはずがないと体が警告を発しているのですが。すでに毛穴が収縮しています」
「まあ、実質鍋の菜月スペシャルだけど、多少の辛さは白い飯で誤魔化せ」
「メインの具は現状キノコと魚介類だな」
「うわー……俺はひたすら白いご飯だけ食べることになるヤツー……」

 遠い目をしているキノコ&魚介類嫌いを後目に、菜月さんは「これはうちと圭斗がやりたい放題するための鍋なんだぞ」と諭している。まあ、白いご飯はいつもより多めに炊いてやることにしよう。

「菜月さん、野坂にいろいろ聞きたくないかい? 何度もデートに誘って来る女の子の話や、やっちゃんの話とか」
「そうだなあ、女の子の話は聞きたいなあ。ノサカの浮いた話だろ?」
「浮いてません。むしろ沈みます」
「僕たちが辛い鍋をうまうましている間に野坂が喋ってくれればいいと思うんだよ、ディナーショーの要領で」
「なるほど、それで行こう。よし、それまでにしっかり準備するぞ。ノサカ、お前はさっそく昨日の続きから頼む」
「はい!」
「菜月さん、僕は何をしましょうか」
「そうだな、お前は台所担当ということで、食品ブースの仕事でも作っててくれ」
「了解しました」


end.


++++

今年度は菜圭の孤独な戦いではなく、ちょっと賑やかな感じでMMPの装飾作業が進んでいますね。これもノサカのモテ期のおかげか…?
しかし菜圭好みの鍋がとことんノサカがダメなヤツ。めっちゃ辛くてキノコと魚介類がメインっていうね。
圭斗さんは相変わらず絵筆を握らせてもらえてないけど、いるだけで菜月さんにはいくらか力になってるので問題ないヤツ。

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