エコメモSS

□NO.3101-
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■誰と過ごす日常

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「それじゃあ、お疲れ。帰り気を付けて」
「ああ。サンキュ」
「お邪魔しました」
「あっノサカ、月曜収録だからな。忘れるなよ」
「はい」

 緑ヶ丘と向島の交流会が終わり、野坂と一緒に菜月宅マンションを出る。向島大学での缶蹴り大会が終了した後、両校の2年男子は向島の情報棟に、三井は自分の家に、そして残りの面々は圭斗の部屋に散って一夜を明かすこととなった。そして俺は野坂を伴い菜月の部屋へ。
 向島ではこのような場合に菜月を自宅まで送り届けるという役割を毎回野坂が担っているらしい。適任だとは思う。しかし、昨日は俺が野坂に酒を与えすぎて菜月を送れるかどうかと圭斗が判断したようだ。実質俺が野坂を介抱し、菜月を部屋に送り届けることになった。

「高崎先輩、重ね重ねありがとうございました」
「いや、元々は俺が飲ませ過ぎた所為でもあるしな。二日酔いとかなってねえか」
「はい、大丈夫です。お水もいただきましたし」
「そうか。ならいい。風邪は」
「それは問題なく。あ、そう言えば、高崎先輩が俺に毛布をかけるよう菜月先輩に仰っていただいたという風にお聞きして」
「チッ。アイツ、普通言わねえだろ。まあ、なんだ。風邪っつーのは治ったと思ってもすぐぶり返すモンだ。病み上がりだっつーなら飯食ってあったかくして寝るのを続けるのが基本だろ」

 菜月は部屋に人を泊めるときもベッドを使うのは自分だ。今回も例に漏れず俺と野坂は雑魚寝をしていた。と言うか、野坂は向島大学から菜月の部屋に向かっている最中にもう俺の背中の上で寝ていたのだが。
 さすがに11月下旬にもなれば朝晩は冷える。自分の部屋のように暖房を使えればいいが、菜月は寒さに強い。シャワーの後だとか、必要最低限しかヒーターを使わない菜月にエアコンを入れてもらい、ダウンジャケットがあれば寝られるギリギリの室温にはしてもらった。

「高崎先輩はどうやって帰られるのですか?」
「俺は向環の駅に二輪を停めてる」
「ああ、バイクでいらしてたんですね」
「それよりお前はどうするんだ。お前普段星鉄使ってんだろ」
「はい。環状鉄道で新豊葦まで行って星鉄に乗り換えるか、ここから徒歩で星鉄の駅まで歩くかですね」
「野坂、飯でも食ってくか」
「はい?」
「いや、中途半端な時間にはなっちまってるけどよ、だからこそ腹が減ってんだ。この辺の飯屋、知ってっか?」
「えーと……あまりよくは知らないのですが、サークルの後で行くような場所であれば少し」
「じゃあそこに行くか。心配しなくても帰りはちゃんと駅まで乗せてってやる」

 野坂に付いて来るよう言い、ひとまず向島環状鉄道の最寄り駅へ。俺の愛車は無事そこにある。野坂にヘルメットを渡して俺の後ろに乗せ、飯を食いに走らせる。タンデムが初めてらしい野坂は緊張した様子だが、緊張されるとこっちもやりにくい。リラックスしていろとだけは伝えた。

「ええと、ここになりますね。たなべの満腹セットはコストパフォーマンスがとてもいいです」
「そうか。いかにも学生御用達って感じだな」
「はい、そうですね」

 野坂の言う満腹セットを注文し、しばし待つ。大きなチキンカツ2枚と大盛りの飯、それからうどんまたはそば2玉というボリュームで870円という有り難い値段だ。向島のサークルでも昔はよくここに来ていたそうだ。今では稀に来る程度になってしまったそうだが。

「何か、高崎先輩と食事を、それもサシでご一緒するなんて想像もしていませんでした」
「それは俺も同じだ。ところで、この満腹セットはお前はちゃんと満足出来る量か」
「はい。程よくいい感じに。あっ、俺がここに来るときは大体サークル後なので菜月先輩もいらっしゃいますから、白いご飯を分けていただいた結果の満足でもありますが」
「アイツもこれを食うのか」
「いえ、菜月先輩はこの、チキンカツ鍋定食を温うどんで召し上がっていますね」
「ああ、好きそうな感じだな」

 甘くどく煮られたチキンカツと白い飯を一緒に食うのが美味いらしいが、菜月は白い飯があまり好きではない。チキンカツで味変出来るとは言え、学生御用達店でよくあるサービスみたいな大盛りの飯はさすがに多すぎるそうだ。食えない分を野坂のお椀に予め乗せるらしい。

「お前とは来週も会うことになるんだな、そういや。まあ、お前に限った話でもねえが」
「あっはい、来週は夏合宿の全体打ち上げを執り行わせていただきます。至らぬ点があるとは思いますが、よろしくお願いします」
「せっかくの焼肉なんだから、そういう固いのはほどほどにしとけ。な。肉も雰囲気も柔らかいくらいがちょうどいい」
「そうですね」
「何か、対策委員の会議でお前が半分キレ散らかして焼肉にするっつったそうじゃねえか」
「ごくたまにプッツンと来て議長権限を発動することがあります」
「で、何で焼肉なんだ。いや、俺としては大歓迎だけどよ。ヱビスの店だし」
「あっ、ビールに関してはつばめがゴーサインを出しているのですが、焼肉は、ええと、先週? いえ、先々週でしょうか。菜月先輩が三井先輩に焼肉食べ放題のプレミアムコースを奢ってもらったと自慢されまして。それで、いいなあと思い続けた結果です」
「……つーか三井は相変わらず菜月に貢ぎまくってるのか」
「向島では財布と言えば三井先輩のことを指しますし」
「ひっでえ蔑称」
「まあ、ムライズムでラブ&ピースな土地柄ですので」
「悪乗りで抹殺、な」
「ええ」

 そんなことを話しているうちに俺と野坂、2人分の満腹セットが届いた。確かにこれは結構なボリュームで美味そうだ。今度果林でも連れて来てみるか。揚げたてのチキンカツには何をかける。ソースか、味噌か。ま、途中で味変だな。キャベツの大盛りも嬉しい。

「あの、高崎先輩」
「どうした」
「後ほどになるのですが、無理を承知でお願いしたいことがあるのですが…!」
「何だ、言ってみろ」
「ここから星鉄の駅に向かって行く途中にカフェが出来たんです。スクールバスの窓からいつも眺めていて、いつか行きたいと思っていて。ケーキが美味しいそうで。食後にデザートなどはいかがでしょうか」
「ふーん、ソイツは興味深い。こう見えて豊葦のカフェは結構巡ってるからな」
「カフェ巡りがご趣味とは…! 高崎先輩の新たな一面を発見した気分です…!」
「趣味ってほどじゃ。あ、いや、でも、見方によっちゃ趣味か。まあ、何でもいい。ここが終わったら行くぞ」
「ありがとうございます!」

 飯を食って、カフェに行こうとする。俺が今やっていることは日常のそれだが、それを一緒にやっている相手が非日常だ。だが、それもこれも、昨日今日の不思議な縁なのだろう。菜月の話を噛みしめながら、野坂をバイクの後ろに乗せる。まあ、何だ。去年の伊東と圭斗から下世話な成分を引いたのが今の俺、か。


end.


++++

缶蹴りのその後のお話。高崎とノサカは普段はあまり絡みがないのですが、まあこんなことがあってもいいだろうと。
MMPの面々でたまに行くたなべの満腹セットは高崎が食べてもイケるだろうなと思ったなど。量が多くて安い親切なヤツ
高崎の密かな趣味がカフェ巡り。雰囲気のいいお店や美味しいケーキのお店なんかをいろいろ知ってそうよね。

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