エコメモSS

□NO.3101-
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■Is everything all right?

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「やァー、はよーごぜーやーす」
「あれっ? りっちゃんじゃないか、どうしたんだ?」

 土曜午後2時、サークル室には本来来るべき男とは違う顔があった。まあ、ノサカが時間通りに来てもそれはそれで逆に引くんだけど、学祭も終わってるのにうちら以外の人間が来るというのもまた変な感じがする。それに、りっちゃんは確か通学に2時間以上かかったはずだ。わざわざどうして。

「ヤ、ちッと菜月先輩に財布のあしらい方を聞きたいッてーのと、野坂に姉に虐げられる末っ子長男の同士として愚痴を聞ーてもらいたかったンすよ。お悩み相談スわ」
「それだけのためにわざわざ」
「それだけのためにわざわざス」
「まあ、ノサカがいつ来るかはわかんないけど、うちで良ければ聞くぞ。りっちゃんの相談事だなんてレアじゃないか。コーヒーでも飲む? せっかく、はるばる山浪から来てもらったんだ、ごちそうするし」
「だいじょーぶスよ。ナンなら話を聞いてもらう自分が菜月先輩にごちそうする立場スわ」

 結局、それぞれの飲み物はそれぞれが自費で購入することになり、例によって遅刻をしてくる誰かを待つ。りっちゃんの本題も、2人ともに聞いてもらいたい愚痴だからと。何時間待つことになるのやら。こないだ買ったばかりの大学ノートが埋まるぞ、とケラケラ笑う。
 少し引っかかった点は「財布のあしらい方」というところ。あしらうというのは適当に、軽んじて扱うという意味だろう。MMPで一番語彙力のあるりっちゃんがそんなところで言葉の選び方を間違うはずがなく、本当にお金を入れる財布であれば軽んじて扱うことなんかするはずがないから、財布というのは何らかの比喩か。
 そして、どうやら姉さん関係での悩み事でもあるらしい。たまにノサカが「律がそんだけ恐れる姉貴とかどんだけ極悪なんだよ」的なことを言っているけど、うちもそれはちょっとだけ思う。それだけりっちゃんはサークルに来た当初から貫禄があるってみんな言ってたもんなあ。

「でも、りっちゃんが悩み相談だなんてよっぽどの事情で――」
「おはようございます! 申し訳ござ――……あれっ、律?」
「おっ、2時半。やァー、想像より早かったスねェー野坂」
「いや、つか何でお前が」

 ノサカの疑問はご尤もだろう。と言うか安定の30分遅刻か。いや、30分だったらまだ早い方なのかもしれない。それはそうと、自分とうちしか来ないはずの土曜日のサークル室に、いきなりりっちゃんがいたらそりゃビックリするよなあ。

「りっちゃんはうちとノサカにお悩み相談があるっていうのでわざわざ来たそうだ」
「お悩み相談?」
「ヤ、番組が終わってからでいースよ」
「いやいや、ノサカが来るのなんかいつもはもっと遅いんだ。りっちゃんの話が先で大丈夫だ」
「うん。俺も気になって番組どころじゃない。律が悩み? で、それを俺と菜月先輩に? 意味が分からない」
「いろいろあるンすよ。じャ、僭越ながら」

 番組収録の時間を割いてもらってサーセンとコーヒーを一口、りっちゃんは話を切り出した。遠路はるばる2時間超、わざわざ大学までやってきて、さらにサークル室までの徒歩25分の道のりを来てまで聞いて欲しかった話というヤツだ。

「自分には2人姉がいるンすけど、今からするのは双子の姉の方の話スね」
「残虐だと名高い律の双子の姉貴か」
「普段は星大近くのマンションに住んでるンすけど、昨日週末だからって家に帰ってきて、自分にこれを渡してきたンすわ」

 そう言ってりっちゃんが取り出したのは、カップルにおすすめと書かれたホテルでのスイーツバイキングのクーポン券だった。フリーペーパーの1ページなのか、それともウェブページの印刷なのか。とにかくA4用紙のような紙で、クーポンはキリトリと書かれた点線の下にある。バイキングと宿泊プランの2つ。

「バイキングだな。えっと、豊葦市駅の前にあるホテルか」
「ここのところ、冴……ああ、自分の姉スわ。姉がバイトをしてる大学の情報センターを張ッてる男っつーのがいるらしーンすわ。なンか、冴が星大に遊びに来た他校生を案内してやッてたらしーンすけど、どーやらその男が冴に運命を感じてる、と」
「それ、律の姉貴にちょっと優しくされたのを勘違いしてる系か?」
「その線が濃厚スわ。で、菜月先輩」
「うん」
「近頃、春の話は届いてヤすか?」

 MMPでは、春と書いて三井の勘違い運命を意味する。春の話というのは、三井が好きな女の子についての話をきゃいきゃいとしてくる、という意味だ。三井は春の話を何故かうちにしてくるんだ。

「あー……あー……ちょっ、と、繋がってきたぞー…?」
「ちーッと聞かせてもらッていースかね」
「星大の学生で1コ下のサエちゃんて子だって言ってたような気がするなー…! 健康的なスタイルで、黒髪のショートカット、腰に巻いてた黄色いジャケットはバイト先のユニフォームなんだって、的なことを。え、まさか」
「そーなンすわ。そのまさかなンすわ。冴も冴なンで、財布の人……もとい例の男に対して何かするでもなく、放置プレイなんすよね」
「うわー……」
「最近じャァその不審者の扱いにセンターの他のスタッフさんも困り散らかしてるそーなンす」
「その話は大石と美奈から聞いたぞ。星大の情報センターに三井が出没してて、そこのスタッフの女の子に付きまとってるっていうのは。まさかそれがりっちゃんの姉さんだとは思わなかったけど」

 そのクーポンは要らないンでリツがどーぞっつってもらったンすけど自分も要らないンで、と所有権がうちに移ってしまった。いや、と言うかどうするんだこんなの。まあ、使わないなら使わないだけど。カップル限定っていうのがな。

「と言うか三井はこれ、りっちゃんの姉さんをスイーツバイキングは口実に、ホテルに誘ってた的な? ワンチャン狙ってたのかな」
「ィやア〜! はっはァー! ナイナイ! ……まあ、普段ならゲラゲラ笑うトコなンすけどネ。何故か笑う気力が削がれてるンすわ」
「律、心中お察しします。コーヒーでも奢るか?」
「サーセン、ゴチになりヤす。あっ、そーいや業務連絡スけど、来週月曜のサークルは欠席連絡が多いンで休みにしヤす。菜月先輩、月曜の授業終わりにでもそれ、使ったらいースよ。ホテルのスイーツバイキングですし、夜もやってるみたいスよ」
「使うったって、カップル限定だし。こんなのに来てくれる男なんか」
「野坂でも引きずってきャいージャないスか。おい野坂、菜月先輩に付き合ってやったらどーだ」
「お前に言われるのは癪だけどホテルのスイーツバイキングはとても興味深いので菜月先輩がもしよろしいのであれば是非ご一緒したく思います…!」
「おっ、そしたら行こうか」
「はい! あっ、あの、次の月曜日と言うと9日ですよね…?」
「ああ、そうだな」

 結局、りっちゃんの愚痴とかお悩み相談というのは春にまつわるしょーもない話だった。番組収録の邪魔してサーセンした、とりっちゃんはコーヒーを飲みのみ話を閉じる。要約をすれば、三井と姉さんはそれぞれ何をやってるんだ、と。

「やァー、なかなかアレな事案スわ」
「三井先輩の春ってどこにでもあるんだな」
「ほっとけばそのうち違うところに移ってるから、りっちゃん、しばらくの辛抱だ」


end.


++++

本当はもっとナツノサがゲラゲラ笑ってたんだけど、ちょっと引き気味ですね。りっちゃんのお悩み相談の回です。
今年だけでなく○年前にも情報センターサイドのお話はやってたんですけど、向島サイドの話はなかなか珍しい感じですね。
りっちゃん的には冴さんも三井サンもどうでもいいけど他の人に迷惑かけて何やっとんねんっていう話なんですね。紳士だから。

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