エコメモSS

□文化部革命の時間です
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「高ピー、梓川さんからお呼びがかかってたよ、文化会執行部室に来いってさ」
「あ?」
「多分、いつものだと思うけど」
「ったく、その気がねぇのはわかってんだろ」

 自販機からサークル室に戻ると、伊東からの伝言。買ってきたコーヒーを机に置くことなくそのままサークル室を出る。
 浮かぶのは、ため息。ああ、今日は久し振りにちゃんとした発声練習のメニューを組んで来たのに。とりあえず、アナ陣は勝手にやっとけっていう伝言を残しておこう。
 向かうのは、指定された文化会執行部室。木の板に筆で組織名が書かれた看板が近代的なサークル棟の中でも異彩を放つ。部屋に木の看板を掲げられる組織なんかは大学の中でもかなり限られる。いちサークル員の俺なんかには普通、縁遠い場所だ。

「どうも」
「やあ高崎クン」

 ドアをノックして文化会執行部室に足を踏み入れると、総務席でパソコンと向き合う黒髪メガネ、出版部だったかの大橋詠斗がひょっこりと俺のことを覗き込む。立ち話もなんだし座ったら、と勧められるが、座ってしまったら立ち上がるタイミングを逸する。

「つーか呼ばれたから来たけど。梓川は?」
「ああ、美和子は今ちょうど飲み物を買いに席を外してる」
「いないなら帰るぞ、これから議論しようってのに呼んだ張本人がいねぇとかありえねぇだろ」
「あっ、ちょっと待って――」

 大橋の呼び止めを無視して部屋から出ようとした瞬間、呼び出してきた張本人が現れるんだからタイミングの悪さを恨むしかなく。その手には缶コーヒーが2本。
 ったく、こんな不毛な話し合い、何回やっても変わんねぇだろ。話し合いの前にコーヒーか。それを飲みながらゆっくり話そうや、っていう意図が見える。

「高崎クン、もう少しゆっくりしてったら?」

 差し出される缶コーヒーは、俺がさっき自分で買ったのとは違うブラック。厳ついカッコ――菜月を軽度のパンキッシュファッションとするなら、コイツはかなり本格的なそれ。
 監査の梓川美和子、コイツは確か美術部の部長だ。梓川が席に着き、メンツが揃ったという雰囲気になる。こうなったら仕方がなく、執行部室のふかふかしたソファに腰かける。退路はない。

「生憎俺はそうヒマじゃねぇんだ、話があるならさっさとしてくれ」
「じゃあ、ストレートに本題へ」

 緑ヶ丘大学では、運動部と文化部がそれぞれ体育会、文化会と会派を組んで活動している。如何せんマンモス校だけに、組織としての統率が必要だとか何とかで。体育会と文化会の中で、さらに細分化されたグループがいくつか構成されている。
 部活とサークルの大きな違いは学校からの予算が下りるか否か、文化会などに所属するか否かなど様々だ。それこそ、サークルにだって大学公認サークルと非公認サークルの区別があったりして複雑な仕組みになっている。
 そして、ただの大学公認サークルの人間でしかない俺がこうして文化会執行部に呼び出されているのには理由がある。

「放送サークルMBCCの部活昇格の件、考えてもらって――」
「断る」

 大学公認サークルである「放送サークルMBCC」は、文化会から部活昇格へのラブコールがかかっている。それは別に今に始まったことではなく、何年も前からだ。それこそ、俺がこの大学に入学する前からのことだと記録には残っている。
 ただ、MBCCは部活になることなくサークルとして活動を続けている。毎年のように文化会からの説得が続き、互いに意地になっているようにも見えなくも無い。だからMBCCは文化会との関係がお世辞にもいいとは言えず、まあいろいろめんどくさいっつーか。

「大学構内における昼放送の持続的な活動、向島インターフェイス放送委員会での活躍。そして、昨年冬の全国放送コンクールで三次予選通過等」
「あ?」
「水面下で活動履歴を調べさせてもらってる。MBCCはサークルながらに実績は下手な部活よりよっぽど素晴らしいから、ぜひ文化会に来てくれないかと思ってるんだけど。まだ気は変わらない?」
「どう説得されても俺の――いや、MBCCの意思は変わらねぇからな」
「相変わらず頑固」

 半ばわかりきっていたと言わんばかりの苦笑いと溜め息に、漂うのはコーヒーの香り。俺も自分が持っていたコーヒーのタブを空け、一口。梓川の持つ資料の中身が気になるけど、大方MBCCに関する各種データと文化会の数値的資料だろう。
 とは言え、活動実績がそれなりにあるからというだけの理由でただのサークルを部活に昇格させる理由にはならないはずだ。大体、ちゃんと知ってんだぞ、うちの大学にはMBCCとは別に部活としての放送団体があるってことくらい。

「つーか、ここでMBCCが部活に昇格しちまったら、司会放送部の立場はどうなる? 同じ文化会に2つも放送部は要らねぇだろ」
「その司会放送部だけど、あまりに活動が出来てないのと人数不足で、今年部員が入らなかったら休部が決定してる」
「事実上の廃部状態か」

 ここまで言えば、これまで以上にこっちがMBCC勧誘に力を入れている理由くらいわかるでしょ?と。俺の推理が間違ってなければ、梓川の言いたいことはあまりにも直球過ぎるだろう。

「つまり、司会放送部の代わりとなる放送系団体を捕まえておきたい、そういうこった」
「でも司会放送部の活動が残念なことになってるのには、MBCCにも責任があると思わない?」
「どういうことだ」
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