エコメモSS

□NO.2201〜3100
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■Fixed point observation

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「えっ、圭斗さん彼女が出来てていつの間にか別れてたの!?」
「ええ、価値観の違いというヤツでしょうか」

 ムラマリさんと圭斗とうちの4人でファミレスでの食事会。うちは、いつしか薬指がお留守になっていた圭斗の話を聞きながら、ただただ目の前のカルボナーラをうまうますることだけに集中していた。
 圭斗は9月下旬くらいに彼女が出来ていたそうだ。その彼女がどういう子なのかはあまりよく知らない。でも、野球が好きで、それもかなり熱狂的すぎるタイプの子であるということは聞いた。
 スポーツに関心がない圭斗は、野球にしたって今あるプロ野球の12球団の名前と本拠地のあるエリアを全部言えない。サッカーだってやるのも見るのも管轄外だし、オリンピックなんかも他人事だ。

「主な価値観の違いはスポーツに対するスタンスでしたね」
「圭斗さんの一番苦手なヤツだ」
「ですね」
「で、その彼女とどう合わなかったんだ」
「単に野球が好きなだけなら別にいいんですよ。問題は、僕にもそれを強要してくるところで。テレビで野球を一緒に見る機会があったのですが、野次や罵言があまりに聞き苦しく。MMPで菜月さんと野坂の牧歌的な野球談義に慣れていた身としては、あまりに酷いなあと思いました」
「お前、菜月と野坂の所為にするんじゃないよ」
「菜月は野坂とどういう感じで野球の話してるの?」
「ん」

 カルボナーラを食べることに集中していたら、急に話を振られて手が止まる。村井サンだったら「そんな大した話じゃないですよ」と食べることに戻れただろうけど、麻里さんとなるとフォークを置かなければならない。

「普通ですよ。昨日の試合は勝って嬉しかった、負けて悔しい。でも次は頑張って欲しい。7回裏の攻防はシビれたとか、ごく普通の話ですよ」
「若手が頑張ってるみたいな話もしてなかったかい?」
「ああ、そうだそうだ。若い選手は頑張ってベテランを脅かすような存在になって欲しいとか、そんな話ですかね。いつか球場に行きたいとか、その時は解説を入れてくれとか、ごく普通の話です」
「菜月さんかわいい」
「菜月と野坂の話はかわいい。映像で想像できるけどかわいい」
「そうなんですよ。菜月さんと野坂の野球談議は贔屓球団以外の選手やプレーに対するリスペクトがありますし、“好き”を共有して楽しんでいるんです。これに慣れていると彼女の罵声があまりに醜く聞こえてしまい」

 圭斗の元カノさんが野球を見ながらどういう野次を飛ばしていたのかを少し聞いたけど、あまりに酷すぎた。少なくとも、好きならそういう言葉を飛ばすことはテレビ越しだろうと出来ないなと思う程度には。
 野球に対するスタンスを見ながら、圭斗は彼女に幻想を見ていたことを知ったのだろう。付き合うまでには見えなかった本性のような物を見てしまったか、熱は急に冷めて、冷え切っていったと。

「それと、彼女は僕がいつ、どこで、誰と何をしているのかを完全に把握していないと気が済まないタイプだったようで」
「うわ、しんどいな」
「菜月さんの装飾手伝いで家を出る時も酷かったんですよ本当に。菜月さんとは言え女子と2人での作業じゃないですか」
「圭斗さん自身独占欲強い方なのに束縛されるのが嫌ってめんどくさい」
「菜月さんの所為にするつもりはありませんが、菜月さんの作業を見守るのがあまりに心地よかったんです。空間に罵言などはなく、無言でも許されて、僕の存在に意味を持たせてもらって。何の力にもなっていないのにいるだけでいいとまで言ってくれて。それで家に帰ってみてください」
「外で得る安らぎだ! 浮気して帰る男の図だ!」
「えっ、圭斗さん、菜月に手出したら殺すってアタシいつも言ってるけど」
「まさか。互いを恋愛対象にすることはないというのは、僕と菜月さんの恋愛観で一致している唯一の点じゃないですか? ねえ、菜月さん」
「間違いない」
「それでいて、僕たちは友人としても互いが一番ではありません」

 それでも、サークルという点で見れば相手には自分にない物があって、2人でなければ成立しなかったというのは事実としてある。そんな話を4年生の先輩方に圭斗は淡々と続ける。うちはそれを否定することをせず、淡々とフォークを動かした。
 確かに、うちにとっても圭斗は一番じゃないし、恋愛にも発展しない相手だ。それでも、ちょうど1年前ほどにした“約束”もあったし、良き相棒ではあったのかな、とはうっすらと思う。言わないけど。

「ところで菜月さん」
「ん?」
「僕の恋愛事情でカルピスを賭けていたようだけど、クリスマスまでもたなかったしある意味野球が原因で別れてるから見事に当ててるね」
「そうだ、やった! カルピス!」


end.


++++

圭斗さんの破局報告行脚、その2。やっぱり重鎮たちにもご報告は必要でしょうよ、と。
ナツノサの野球談議はかわいいらしいです。そういう話に興味がないにしても、そのかわいさから微笑ましく見ていたらしい圭斗さんです。
村井おじちゃんが適度にガヤってくれるくらいがちょうどいいMMPアダルト組……「浮気して帰る男の図だ!」くらいなら序の口である

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