エコメモSS

□NO.501-600
58ページ/110ページ

■10脚の椅子

++++

「さて、1年生も昼放デビューなワケだけど」

 改めて場を締める高崎に、緊張した表情をするのがその1年生たちだ。放送サークルMBCCでは、昼休みに食堂で生放送を行っている。1年生のデビューは秋学期。とうとうそのときがやってきたのだ。

「一応、前もって提出してもらった時間割、サークル出席率、あと、実力だな。それらを総合してペアはこっちで決めさせてもらった。当然あぶれる奴も出てくる。ちなみに火曜は果林と伊東が継続で。そんじゃあまず月曜日」

 高崎からの発表に、皆一様にそわそわし始める。特に1年生はそれが他の学年の比ではない。

「誰とペアになんのかな、すげー緊張すんだけど」
「そうだね。でもまさか1年生同士はないだろうけど」
「まあ、わかんないけどな、その辺も」

 高木と栄治も自分の相手が誰になるかが気になって仕方がない様子だった。春学期、そして夏合宿と、練習は積んできた。MBCCの活動の本丸だけに、昼放送という響きが彼らを高揚させた。

「水曜日。アナがエージ、ミキはL」
「エイジ、L先輩とだって」
「マジすか!」
「俺エージとか。エージ、よろしく」
「よろしくっす!」
「L、エージに存在感消されるなよ」

 続々と名前が呼ばれる中、高木は不安を隠せないでいた。確かに高崎は、編成に組めなかった人もいるとは言った。しかし、自分も昼放送をやりたいという気持ちは強い。名前が呼ばれて喜ぶ栄治とは対照的に、複雑な感情が渦巻いていく。

「エイジ、俺呼ばれるのかな」
「何そんなに不安がってんだよ」
「いや、このまま名前が呼ばれないんじゃないかと思って」
「呼ばれるだろ、俺だって呼ばれてるっていう」

 MBCCはサークルメンバーの数がそこまで少なくはない。週に5日しかない昼放送の枠に入れるかどうかはとても繊細な問題なのだ。
 もちろん、昼放送は生放送だけに、それをこなせると判断されたメンバーが選抜される。極力1年生のデビューの場にはしたいが、それ相応の実力がなければそれも先延ばしだ。それは以前から高崎が説いてきたこと。

「そんじゃ木曜日な。アナがハナ、ミキは五島」
「ハナ呼ばれたっ! ゴティ先輩よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな」
「そんじゃラスト、金曜いくぞ」

 ついに残る枠はひとつとなってしまった。未だ名前の呼ばれない高木にかかる重圧。普段は涼しげな表情をしている彼も、この時ばかりは不安が滲み出たのか、うっすらと汗をかいているようにも見える。

「アナが俺、ミキは――」

 呼ばれたい、という強い願い。今の高木を支配する物はそれだけだった。残り1枠となった昼放送のミキサーの席。何としてもそこに滑り込みたかった。

「ミキは高木、お前だ」
「呼ばれた……」

 幻聴かとも思ったが、呼ばれたのは間違いなく彼の名前だった。刹那、それまではガチガチに入っていた体の力がふっと抜け、一気に脱力する。

「俺の相方になるからには、ナメたミキシングしやがったらぶっ飛ばすからな」
「はい。よろしくお願いします」
「そんじゃ秋学期ペア発表は以上だ。ただ、気は抜くな。呼ばれた奴も、ヌルいことしやがったらすぐ入れ替えるからな。呼ばれなかった奴は、その枠を奪えるようになれ。昼放送は来週月曜から始動する。打ち合わせはちゃんとしておけよ。それと、食堂の機材はここの物とはまた違う。昼放未経験のミキサーは初回、伊東からの指導をちゃんと聞くように」

 この活動、番組表にその名前を連ねることで、ようやく放送サークルMBCCの一員となれたのだと感慨深げにその表を眺める1年生たち。しかし、そこはまだスタート地点にすぎない。これから彼らが、スピーカーからどのような番組を流すかは、まだ誰も知らない。


end.

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ