エコメモSS

□NO.801-900
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■小慣れた心の爪を折れ

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「EDジングル終わりました」
「そんじゃ、半期お疲れさん」
「ありがとうございました」

 MBCCに入って、初めての昼放送が終わった。高崎先輩と組ませてもらったこの半期で得る物はとても多かったと思う。毎週の生放送、サークル室とは違う機材に少し戸惑うこともあったけど、無事に終わって一安心だ。

「半期の講評だな。総じて、可もなく不可もねぇっつー感じだな」
「可もなく不可もなく、ですか」
「伊東の劣化版コピー、それが今のお前のミキシングだ。ま、1年だし、初めての昼放送の割にはよくやったとは思うけど、そんな普通の評価をしてやるほど俺は甘くねぇ」

 毎週の番組後には、高崎先輩からの講評をもらっている。最終回の今日は、半期をまとめたそれになる。わかっていたけどやっぱり高崎先輩は厳しい。伊東先輩が言うには今のインターフェイスで一番厳しい人だということだから、覚悟はしてた。
 伊東先輩の劣化版コピーだと言うことに関しても、それはそれで正しい。俺のミキシングは伊東先輩のそれを見て盗んだ物ばかり。それを悪いとするつもりもねぇけどな、と高崎先輩は言うけれど、俺らしさがないのも事実。

「っつー点では、まだ番組初期の方がお前っぽさは出てんだよな。つーか、今のままだと「お前じゃなきゃいけねぇ」っつーミキサーには絶対なれねぇな。技術どうこうを抜きにすれば、お前のピークは7月の作品出展だとか夏合宿でやってた菜月との番組だ。それ以降は「あれっ、高木どうした?」っつー感じで。正直期待外れだった」
「スイマセン」
「大方、俺相手だからってごちゃごちゃ考えすぎたっつートコだろ」
「そういうプレッシャーはありました」

 覚悟していたとは言え、ここまで言われてしまうとさすがの俺でも少しはヘコむ。こうやって、思うところを言い当てられるということもある。それ以上は何も言えずにMDプレイヤーに視線を落としていると、また同じように声が降る。

「仕事じゃねぇんだから、気負うな。変に型にハメてちゃんとやろうとするから他の誰でもいいようなミキシングになるんだろ」
「はい」
「公私の私だ、あくまで。前のお前にあって今のお前にねぇのは「アソビ」だ」

 アソビ、というのはどういうことなのか。きっといろいろな意味が含まれた単語だと思う。余裕だとか、それこそ言葉通りの意味の遊びだとか。そう言われれば、前の方が番組の構成にしても音の繋ぎにしても、好奇心だとか初期衝動のままにやっていた気がする。
 俺がそれを奪っちまった可能性もあるだろうけど、誰が相手だろうとミキサーはアナに対して遠慮するなって教えたはずだろ。そう先輩は続ける。菜月相手にそれが出来て、どうして俺が相手で出来ねぇことがあるんだ、と。

「ちょっとしたことで聞こえ方は全然変わるんだ。俺はもう引退しちまうけど、次にお前の番組を聞くときは劣化版伊東だなんて言わせんなよ」
「はい」
「お前の初期衝動から生まれる音は、MBCCにいる他のどのミキサーにも出せねぇ音だ。もちろん、伊東にもな。お前のそれを伸ばしてやれなかったのがこの半期の俺の反省だ」

 下手すりゃ潰しかねなかったな。そう言って高崎先輩は笑った。講評の時には滅多に笑わない高崎先輩が浮かべたその笑顔は、普段から優しい表情を向けてくれる伊東先輩のそれよりも柔らかかった。

「うしっ、じゃあ今日のサークル後は引退記念だし金曜昼放打ち上げっつーことで飲むぞ」
「えっ、今日ですか?」
「仕事ならともかく、プライベートで代わりは利かねぇぞ、相棒」

 この半期で失った物と、得た物。天秤にかけることは出来ないけど、放送に関して失った物は取り戻すことが出来る。
 とりあえず、技術とアソビを両立したミキサーになるというのが次の目標。俺はまた、俺になるんだ。


end.


++++

1回やりたかったタカちゃんにダメ出しをする高崎、の図。高タカの高崎がすごく好き。ナンダカンダで英才教育なのです。
いっちーの劣化版コピーだと言われてしまったタカちゃんですが、これをきっかけにして踏ん張って欲しいな!
高崎がタカちゃんに厳しいのは、それだけ期待しているからこそ。ダメ出しするけどいいところもたくさん知ってるよ。

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