エコメモSS

□NO.1001-1100
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■高崎理論に乗る術は

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 ピンポーンとインターホンが鳴って、はーいと出るより早く殴打されるドア。向こう側にいるのは見るまでもなく下の人だろう。

「だから、そんなにドア叩かなくてもすぐ出るっていつも言ってるじゃないすか高崎先輩」

 同じアパートに住んでいるこの先輩は、用がなくても突然うちに遊びに来ることがある。もちろん俺の用事なんて聞かれたことはないし、俺が暇なんだからお前も暇だろ、と押し切られることも多々。
 駐輪場を見れば乗り物の有無で部屋にいるかいないのかはわかるし、互いのバイトのシフトも大体わかってるから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

「で、どーしたんすか? 今バイト上がりっすよね時間的に」
「ん、マルゲリータ」

 先輩から差し出されたのはSサイズのピザの箱が2枚。きっと、店員の社員割引制度を使って気持ちお得に買うことの出来るそれ。

「飲むぞ。作ってソッコー持ってきてるから普通に配達するよりか状態はいいはずだ」
「あざっす」

 箱を開ければトマトとチーズのいい匂いがする。そういや俺も夕飯はまだだったなーと思い出すのは、この匂いに刺激されたのか腹がきゅるきゅると鳴いたから。

「お前が腹空かせてるとか珍しいな、普段からあんま食わねぇのに」
「そりゃ学生にピザは贅沢品ですからね」
「っつー層を掴むためのSサイズ展開なんだろうけどな」
「ラーメンならリーズナブルですけどピザは贅沢っす」
「つかお前の店のラーメン1杯よかピザSサイズの方が安いだろ」
「えっ、マジすか」
「ラーメンって一言で言ってもピンキリだしな」
「まあ、確かにそうっすね」

 せっかくピザだし気持ちイタリアンな雰囲気を味わうために今日はワインで乾杯。ムトーさんがこないだ置いてったヤツだ。ワインバカのムトーさんだけあって美味いのを知っている。
 ワインもピンキリだけど、何となく高級なんじゃないかって先入観でビビったりして。そんな俺を見て、そんなに高くないからってムトーさんはケラケラ笑ってたんだ。
 高くて美味いのもいいけど、今のところ安くて美味いのが最高だ。ムトーさんの置いてったお手頃ワインと、高崎先輩が作ってきてくれたSサイズのマルゲリータ。今に至る経緯や持ってきた人たちを思えばとんでもない贅沢だ。

「でも700いくらのSサイズのピザ1枚で宅配してくれるのって実は結構なサービスっすよね」
「そうだな、最低でも1000円以上は買わねぇと配達しねぇっつー店とかも普通だしな。雨風が酷かろうが1回の会計金額が少なかろうが原付ひとつで走ってっからな」
「そりゃバイト上がりに飲みたくもなりますね」
「だろ?」
「あ、先輩あと食っていいすよ」
「お前全然食ってねぇな、2切れも残しやがった」
「ちょうどいいんすよ」
「果林ほど食えとは言わねぇけどよ、Sサイズ1枚くらいは軽く食えるだろ普通」
「しょうがないじゃないすか、俺小食なんすもん」

 先輩は残ったピースを食べながら、もう1枚作ってくりゃ良かった、とポツリ。俺の部屋行きゃ何かつまみになるモンあるかな、とワイングラス片手に立ち上がってしまう。どうやらまだまだこの宴を終える気はないようだ。

「先輩、ピスタチオならありますけど」
「お、いいじゃん。つか俺下行ってチーズとベーコン取ってくるわ。ビール飲むだろ?」

 とは言え、これに巻き込まれるのも案外悪くないと思っているうちは、暇潰しの相手として利用され続けるんだろうな。


end.


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ご飯を食べるにしても一人よりは誰かと派の高崎です。寂しいというのとはまた少し違う。
Lの部屋にはたまに育ちゃんもふらりとやってくる様子。高崎とばったり、というのは今のところないらしい。
自分のご飯としてピザ作ってる高崎の様子を想像するのもまた楽しい。
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