エコメモSS

□NO.1101-1200
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■トライアルティータイム

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「ああ、腹が減った」
「リン、お前は本当にそればっかりだな」

 まずは辺りを見渡して、無記名の食物がないかを探し出す。次に、冷蔵庫の中。同じように無記名の物がないかを探してダメなら初めて「腹が減った」と声に出すのがリンのパターンだ。
 岡本ゼミ冷蔵庫の掟に従えば、名前のない物は勝手に食われても文句は言えない。他人様の物を勝手に食っても文句を言われぬよう、無記名の物を探すのはリンの常套手段とも言える。悪く言えば盗人、あるいは乞食。

「最近はお前もなかなかドーナツを持って来んだろう」
「俺の所為にするな」

 ゼミ室には、遅くまで残る時用にカップめんのストックもあるにはあるが、リンはそれを準備するのも面倒がっている。準備する手間がなく、かつ自分以外の誰かからもたらされる食物を待っているのだろう。
 ピー、と扉のロック解除音がしたかと思えば、コツコツというヒール特有の足音に、視線をやらずともその音の主を察する。リンはおそらく、冷蔵庫などに「フクイ」と書いた物はあっただろうかと思考を巡らせているだろう。

「美奈、リンを黙らせてくれないか」
「……どうしたの…?」
「腹が減ったと喚いている」
「喚いてはおらん」
「それなら、ちょうどよかった……」
「何か持ってるのか?」
「スコーン……」

 紙袋の中には美奈お手製のスコーン。おそらく甘さ控えめであろうプレーンに、甘い物が食べられない美奈には珍しくチョコチップの物もある。フルーツグラノーラのような雰囲気の物も。今回は結構手が込んでいるようだ。
 当然、リンはこれに食いついた。それでなくてもスコーンは紅茶のお供にうってつけ。その紅茶を淹れるのも面倒がっていたが、自分のコーヒーを淹れるという美奈にすべてを投げた。まったく、いい身分だ。

「うん、美味しい」
「チョコチップとグラノーラは、挑戦……」
「美味いには美味いが、いつものプレーンが1番美味い」
「リン、お前食わせてもらっといて文句言うなよ」
「文句ではない。感想だ」

 この男はその発言も自由だ。悪く言えばデリカシーがない。事実を言って何が悪い、というのが決まり文句でもある。今の件にしても、新作よりも定番の方が美味い、と奴の主観を述べただけだろう。
 ただ、確かに欲を言えばチョコチップはもう少し甘いチップで、もう少し割合を増やして欲しい。美奈の好みで甘さがほとんどないチョコチップを使っているのだろう。手作りならではと言えばならではなんだけど。

「リン、他に感想は…?」
「強いて言えばチョコチップはもう少し甘い物がいい。粒ももう一回り大きい物であれば食べ応えも増すな。グラノーラに関しては、ベリーがもう少し多くても良いかもしれん」
「なるほど……参考になる……」

 そこで折れないのが美奈のらしさなのかもしれない。次回に向けての改良ポイントをしっかりと調査するのだから。自分では甘い物が食べられないのに、食べられなくする方向に改良するというのも何だかな。
 さっきまで腹が減ったと喚いていた男にしても、胃の容量が若干満たされたことで満足したようだった。いつもは、何であろうと腹に入れば同じと言っているのに美奈には注文を付けるんだな。まったく、いい身分だ。

「本当にお前は偉そうだな」
「美奈の製菓技術向上に協力したまでだ」
「ああ言えばこう言うな」

 ただ、チョコチップの件はよく言った、とだけ。


end.


++++

偉そうでなければリン様ではない! と宣言したい気がする回。\リン様マジリン様/
リン様は割と食べる方。ものぐさだから、出てこなければ食べないけど、そうなると周りの人からすれば面倒なことになり始めたりもしそう。
美奈もよくいろいろ作って持ってくるけど、きっとそういうのは母譲りなのかもしれない。福井家に石川がマリーを返しに来た話でもママ製スコーンがお茶請けだったし。

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