エコメモSS

□NO.1201-1300
28ページ/110ページ

■幸せはきっと愛を呼ぶから

++++

「いただきまーす!」

 サークル後の食事に果林先輩がいることは少し珍しい。ファミレスの4人掛けテーブルの上にはもうスペースがなくなっていて、セルフの水を酌んできた高崎先輩は呆れ、伊東先輩は苦笑いを浮かべている。

「タカちゃん食べないの? 冷めるよ」
「あ、いただきます」

 果林先輩が食べているのを少し眺めていただけで、自分が食べるのを忘れそうになっていた。俺ももちろんお腹は空いているし、目の前のカルボナーラは美味しそうだ。だけど、果林先輩の食べているカキフライ定食が輝いて見える。

「やっぱり、果林先輩が食べているのを見ると美味しそうに見えますね」
「実際美味しいからね。タカちゃんカキフライ1つ食べる?」
「あ、いえ。俺はカキが食べられないので」
「え、嫌いなの?」
「紅社ってカキ有名じゃん。タカシ食えないの?」
「昔地元でカキを食べて中ったことがあって。それ以来怖くて食べられなくなりました」

 えーもったいなーいと果林先輩と伊東先輩から声が上がる。地元の名産が食べられないなんて、と向けられた哀れみの目に対しては、高崎先輩がフォローを入れてくれる。
 「別に地元名産だからって全員が全員好き好んで食えるワケでもねぇしな。緑風のクセして白米だのカニだのが苦手な奴だっている」と。
 その言葉の裏で、誰の顔を思い浮かべているのだろう。きっと、俺と食の好みが似ていた向島の某先輩かもしれない。合言葉は、ファミレスではカルボナーラ。

「でも、美味しく食べられる物は多いに越したことないよタカちゃん」
「それはそうですけどね」
「美味しく食べられればご飯が楽しくなるじゃん。ご飯が楽しかったら人生だって楽しくなっちゃうんだから。1日3回、80年とすると」

 そう言って果林先輩は紙ナプキンの上に備え付けのボールペンで計算をし始めた。1日3回、かけることの365日にさらに80年をかける。弾き出された厳密な数字は87800。

「まあ、たまにご飯を抜いたとしてもざっと8万食。最低でも8万回の楽しみがあって人生ハッピー」
「大袈裟だな」
「ちっとも大袈裟じゃないですよ高ピー先輩」
「でも、タカシは確かにもう少し好き嫌いが減るといいと思うよ」
「ですよねー」

 ご飯が楽しかったら人生が楽しくなるという果林先輩の持論の是非はともかく、その説得力は凄まじい。果林先輩が食べているのを見ているだけでも美味しそうだし、楽しいんだから。
 風が吹けば桶屋が儲かるではないな、予想もしないところに影響するワケではないから。俺のケースに当てはめると、果林先輩といると人生が楽しくなることになってしまう。
 いや、「なってしまう」という言葉のニュアンスほどに悪くはないしむしろ楽しそうだとは思うけど、それを間違っても目の前の3年生2人の前では口に出せない。

「だからねタカちゃん、年齢を重ねれば美味しく感じる物も増えるかもだし、少しずつ挑戦だよ」
「果林先輩」
「ん?」
「カキフライ、ひとついいですか?」
「どーぞどーぞ! アタシはまた追加注文するもんね」

 果林先輩からもらったカキフライを口にすれば、俺の顔に浮かぶのはイメージしていた先輩の「おいしーい!」っていう弾けるような笑顔ではなくて、まだちょっとよくわからないぞ、という不思議感。

「どう? タカちゃん」
「俺がカキを食べるにはまだもう少し早かったかもしれないです」

 でも、果林先輩と食事をすると、こうやって未知の世界に挑戦することも増えるかもしれない。好きにしろ嫌いにしろ世界が広がって人生ハッピー、なーんて。そう簡単には行かないか。


end.


++++

うん、そうだね。果林といれば人生が楽しくなる、なんて高崎といっちーには死んでも言えないね関係を煽られるからね!
タカちゃんと食の趣味が似ている向島の某先輩というのは言わずもがなの奥村先輩よね。高崎が食の趣味を知っている人という点でもお察し。
ご飯が楽しかったら人生が楽しくなるっていう果林の持論は、実に果林らしいなあと思ったり。タカちゃんもちゃんとご飯を食べよう。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ