エコメモSS

□NO.1201-1300
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■White or Blue or Blue

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 12月に入り、学内にもスーツ姿の学生が増えたように思う。かく言う僕もその中の一人ではあるけれど。
 向島大学の学内でも企業セミナーが開かれるようになった。興味のあるセミナーを探して予約を入れていくと、僕たち3年生もいよいよ就職活動のスタートかと実感する。

 見慣れないひとつ結びを下げた彼女の目は死んでいる。着慣れないスーツに疲れているのか、それともいつものブーツよりもヒールの低いパンプスに足が動かないのか。
 遠目に見ただけでも、彼女に生気がないのはわかった。就職活動は、彼女の否定する「将来」に向けた動きだ。否応なしにそれを意識させられて、気持ちが沈んでいると考えるのが自然。

「圭斗じゃないか。やけに視線を感じると思ったら」
「失礼」
「お前はさすがにスーツに違和感ないな。あ、髪切った?」
「少しね。菜月さんも、思ったより髪が長いんだね」

 まさか、彼女の方から声をかけてくるとは思わなかった。普段なら、僕の存在に気付いていたところでスルーするのに。その、少し疲れたような顔こそが答えなんだろうな、とは思うけど。
 彼女の提げているリクルートバッグには何冊かのクリアファイルとセミナー資料、そして粗品が詰め込まれていた。鞄を信用しない彼女がファスナーを締め忘れているということも異常だった。

「菜月さん、調子はどうだい? 興味のある業界や職種は見つかった?」
「そう簡単に見つかれば苦労しない」
「だろうね」
「……お前はいつだってうちを上から見てるのがムカつく」
「そんなつもりはないよ」
「夢や希望、野心に溢れた圭斗サンは就職したってさぞ華々しい道を歩けるでしょうね」

 いつもよりも卑屈になっているな。率直な感想がそれだ。夢も希望もないし、誰からも必要とされないことはわかっている。というのが彼女お決まりのパターン。
 菜月さん、君はいつ死にたいと言うんだ。君はいつ、消えたいと嘆くんだ。もし君がその言葉を使うなら、僕は君を上から目線で押さえつけるよ。何もわかっちゃいないんだから。

「うちはスーツを着ておカタく働くのには向いてないだろうから。接客なんて論外。理想は作業服で、オイルやインクに塗れる現場だ」

 学内セミナーに来てる企業サマはうちの興味を全く突いてこないんだ、と彼女は嘆く。たまに面白そうだと思っても、企画や営業職ばかりで、機械の動く現場の話なんて出やしない、と。
 作業着でオイルやインクに塗れてという彼女の理想にその姿を想像してみると、悪くはない。元々機械類に興味が強いみたいだし、機械の吐き出す製品を捌いていく監視の目も絵になる。

 何だ、十分夢も希望も持っているじゃないか。わかっていなかったのは僕の方だ。

「せっかく印刷会社の話聞きに行っても、うちが聞きたいのはそこじゃないっての! みたいな感じで肩透かしでさ」
「菜月さんは職人肌的な部分もあるから、現場でその道を究めるというのもいいかもしれないね」
「圭斗はエリート街道を歩いていくのか?」
「そうなればいいね。ただの従業員で終わる気はないよ」


end.


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2013年12月第1週はJNS菜圭ウィーク! ここからしばらく菜月さんと圭斗さんのお話が続くよ!
毎度お馴染みしょぼん菜月さんと野心家圭斗さんだけど、今回は菜月さんに「死にたい」「消えたい」を言わせない回。
作業着の圭斗さんを想像してみたんだけど恐ろしく似合わないので圭斗さんはやっぱりスーツ着てバリバリ働いてほしい。

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