エコメモSS

□NO.1201-1300
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■冬の魔法

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 申し訳程度にビニールの風避けが付いた小さな屋台めいたラーメン屋。普段はあまり来ないけど、冬にだけメニューに加わるおでんが絶品だというのはMMPに伝わる常識。
 今年もこの季節がやってきて、それじゃあ行きますかと足を踏み入れたそのテントは、冬の匂い。立ちこめる湯気に、ラーメンのスープとおでんの出汁が混ざり合った、幸せの匂い。

「いただきまーす」
「いただきます」

 揃いのラーメンと、おでんのタネがいくつか。琥珀色に染まった大根を箸でスッと切ってまずは一口。隣からも、大根うまーと歓喜の声が上がっている。

「菜月さんも、見違えたね」
「何が」
「初めてここに来たときは、おでんの大根を食べたことがないって言っていただろう? それが今じゃ喜んで大根を食べているなんて」
「だって、実家のおでんの大根はこんなんじゃないんだ」

 偏食気味の彼女に食わず嫌いな物も多いと知ったのは、先輩に連れられて初めてここに来たときのこと。みんな、おでんの定番ということで大根を頼んでいたけど彼女はそれを避けた。
 先輩がその理由を尋ねれば、「おでんの大根を食べたことがない」と当時大学1年の彼女は答えた。それにはMMPに激震が走り、どうにかしてこの美味さを彼女に教えたい、と練られた作戦。

「懐かしいね」
「ホントだな」
「菜月さん、コンビニおでんの買い方は今でも「結び白滝3つ、以上で」なのかい?」
「いや、余裕があるときは「結び白滝3つとたまご1つ、以上で」だぞ」
「大して違わないよ」

 カロリー云々ではなく純粋にこんにゃくが好物だという彼女の皿には、当然のように結び白滝と板こんにゃくが乗っている。こんにゃくが好物だというのも変わっているけど、それは人それぞれ。
 MMPでおでんパーティーをやるやらないっていう話が出た時も、彼女はたまごとこんにゃくさえあればいいと言い切った。申し訳程度のはんぺんと、と、湯気の向こうにどんな夢があるのか。
 僕も自分の皿に乗る大根を切り分けながら、自分の家で調理をするときにどうやればこれに近付けるのかということを考えてしまう。菜月さんを納得させる大根の難易度は高い。

「でも、大学に入ってからは食わず嫌いも少しは減ったんじゃない?」
「そうだなー、納豆に、ピーマン。あと、ホルモンか。そうだ、刺身も」
「食べられる物が増えるのはいいことだね」
「生のトマトだけは死んでも無理だけどな」
「そう言えば、おでんにトマトを丸ごと入れることもあるって聞いたことがあるかい?」
「ないない、絶対やんないぞそんなの!」

 忘れかけてたラーメンの麺を啜りながら、MMPのおでん大会でやってみようかとふっかければ、捻り潰すぞと脅し文句。トマトは食わず嫌いじゃなくて食べた上で嫌いだからもう無理だ、と。

「おじさん、たまごと大根もう1個ずつください」
「あいよ」
「菜月さん、まだ食べる? ラーメンにも煮卵が乗ってるよ」
「美味しいんだから仕方ない」

 彼女がうまーと綻ばせる顔がいつもよりもさらに緩んで見えるのは、この店だからかもしれない。オレンジの光に染まる湯気に見る温もりも、その要素のひとつ。そろそろ、冬の風物詩と呼んでもいいかもしれないね。


end.


++++

菜月さんの食わず嫌いは結構激しくて、おでんの大根も食べたことがなかったみたいです。
ラーメンの次にMMPっぽい食べ物ってひょっとするとカレーかおでんだと思うの。MBCCらしい食べ物とかってあるのかな。星大はドーナツかしら(笑)
菜月さんはたまご大好きなのはいいんだけど、食べ過ぎると体にはよくないので気をつけたほうがいいよ

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