エコメモSS

□NO.1301-1400
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■己が示す道を行くだけ

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 卒業式の準備のために大学構内を練り歩けば、どこもかしこもオリンピックだ。確かに緑ヶ丘からもいくらか選手は出ていたが、誰々選手何位入賞おめでとうとか人のいない時期によくやるなと。
 きっとこの掲示は春になっても剥がされることなく残るだろう。入学してきた次の1年に「緑ヶ丘にはコイツがいるのか、すげえな」と大学の威信を見せつけるための小道具でもあるからだ。

「高ピー先輩お待たせしましたー」
「お前は相変わらず食うな」
「この時期は人いないですからね。麺類のコーナーと丼のコーナーに同時に食券を出すという裏技が使えるんですよ」

 それぞれLサイズの味噌ラーメンとカツ丼を持って席に陣取った果林の食欲も相変わらずだ。午後からは色紙のレイアウトですねー、なんてこれからのことを見据えつつ、箸を割る。

「果林、お前はオリンピック見てたのか」
「見てましたよ。バイトの時に店長がワンセグで見せてくれました」
「あー、お前深夜だもんな」
「この寒さで人が少ない日も多かったですからね。観戦には事欠きませんでしたよ」

 果林はスポーツを見るのが好きな印象がある。やっていれば見るという感じだろうか。俺はたまに見る程度でこのオリンピックも積極的にはチャンネルを合わせなかったから、他人事だ。
 見るなら妙なタレントの出ないチャンネルかCMのないチャンネル、自国他国関係なく平等に流すチャンネルがいい。外野がやいのやいのと口を出すそれ関係のニュースやワイドショーで見るのは以ての外だ。

「いくら言論の自由があるとは言え、てめェがやれもしねえのに好き勝手言ってんじゃねえよって思っちまうんだよな。俺から言わせれば、いくら応援してようと外野だろ。外野は何を言ったところで味方にはなれねえんだ」
「過度の期待と手のひら返しが選手を潰す、みたいなことですか」
「トップクラスになれば注目されるのは当然だろうけど、守られる権利は保証されるべきだ。勝手にてめェが背負えねえデカいモン背負わしてよ、ダメなら叩いて次の標的を探すんだろ。叩く奴と擁護する奴が争って、外野の争いで一番迷惑すんのは議論されてる当人の方だろ。いや、議論ではねえな」

 俺が一人で繰り広げられていたスポーツメディア論に、果林は渋い顔をしていた。忘れかけていたが、果林自身、俺の言う「外野」に潰されたアスリートの一人だ。
 こんなところで俺たちが何を言ったところで誰の耳にも届かない。何をやっても1番になることの出来なかった男の戯言だ。だが、言わずにはいられなかった。

「インタビューとかで聞く声援が力に〜っていうのも案外ウソじゃないこともありますよ」
「インタビューのテンプレートじゃなくてか」
「高ピー先輩、外野に潰されるならそれまでなんですよ。上でやるなら心技体のどれが欠けてもダメです。何を背負うかは確かに自分が決めることですけど、いきなり身の丈に合わない物を背負おうとするから潰れるんです」
「でも、それを背負わす奴もいるだろ。勝って当たり前だの、負ければ国の恥だの。戦争やってんじゃねえんだぞ」
「大丈夫です。上を目指すにしてもその道から降りるにしても、自分の行き先は自分でちゃんと考えてますよ、みんな」

 高ピー先輩って、ヒネてますよね。
 そう言って果林は麺を勢いよく啜った。俺には想像し得ないところにいたからこそ思うところもあるだろう。だが、同情はしない。それは、潰れたからこそ果林が得た物を否定することになる。
 正義ぶるつもりも、綺麗事を言うつもりもない。ただ、スポーツに余計な物を持ち込むなというそれだけだ。終わった後の感動秘話も要らねえと思ってしまうのは、確かにヒネてるかもしれねえが。

「やっぱ俺は、見るよかやる方が合ってんのかもしんねえな。余計なこと考えなくて済むし」
「高ピー先輩、これ食べたらトラックで競争しますか? 100メートル。アタシが勝ったらたい焼き全種類奢って下さい」
「飯食ったばっかでガチでやったら腹に悪い。つーか本題は卒業式の準備だ」
「あ、逃げた」


end.


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捻くれ高崎とあの頃果林がどうにかなったらどうなるのだろうと思いましたとさ! 緑ヶ丘オリンピック外野話的な。
そう、高崎は何をやってもソツなくこなす万能型ではあるのですが、どの分野をとっても1番にはなっていないという体。頑張っても上には常に誰かがいる〜という感じ。
そしてヒネた目で見れば今回の高崎のスタンスは責任逃れとか逃げという風にも取れなくはないけど、そういうのを指摘できるのは育ちゃんや石川だね!

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