エコメモSS

□NO.1501-1600
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■ワールド・スロウ

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 思えば、愛だ恋だというそれに関して自分からどうこうしようと動いたことはなく、今この瞬間も俺は自分の想いの行き場を一人の男に委ねようとしていた。自分だけがその場で止まっているような感覚。まるで、取り残されているような。

 見慣れたお団子ではなく、下ろした髪が風に揺れていた。それは、俺と会うということとほぼイコールで結び付けられる行動、ヘルメットを被るということを予測してのことだろう。大学はまだ秋学期に入ったばかりだし、向島ではまだらしい。割と自由はあった。
 会おうと思ったのに特に理由はなかった。それこそインターフェイスの夏合宿で顔を合わせて以来だから、最後に会ったのが取り立てて昔と言う程でもない。ただ、何となく。顔を突き合わせて1対1で話したくなる、それが奥村菜月だ。

「しかしお前もよくやるな、夏合宿に一般参加者として出るとか」
「それはまあ、向島内の大人の事情ってヤツだ」
「大人の事情、ね」
「こっちはもうオープンキャンパスも終わったし、夏合宿なんてもうすごく昔のことのように感じるぞ」
「そうか、向島はオープンキャンパスでDJブース出してるんだったな」

 オープンキャンパスも終わったし、あとは大学祭と秋学期の昼放送だ。そう確認しながらホットのカフェモカを含む菜月は、常に先を見据えているようだった。先というのは将来がどうとかではなく、それこそサークル活動の範囲内で。
 今でもインターフェイスの最前線にいる菜月に対し、俺は5月のファンタジックフェスタで表舞台に一線を引いた。緑ヶ丘の中に籠っていても、菜月がどうしたという話は伝わってくる。今では名実ともにインターフェイスの代表的アナウンサーだろう。
 菜月の世界はすごい勢いで広がっている。俺の世界は縮むこともなく、ただそこにある。自分だけが動いていないという風に見えるのは、目まぐるしく変わる世界に身を投じているこの女が比較対象だからだ。そう納得しようとしたこともある。もちろん、誰に言うことでもなく、俺の胸の中で。

「対策の会議サボって海に行ったのも、懐かしいな」

 昨日のことのように思い出せるそれを、敢えて懐かしいと表現した。あれから、ちょうど1年になる。たった何週間か前のことですらすごく昔のことのように感じるのなら、1年も前の記憶など風化しているか、歪になっているか。同じ次元で話が出来るとは思っちゃいねえ。

「あの時も、こうやってカフェモカを飲みながら話したな。うちはラテにしようか悩んで、でもお前が容赦なく注文するからもうひとつとしか言えなくて」

 何を話したかまでは覚えていない。ただ、ここに来たということだけは覚えている。菜月がポツリと紡ぐ言葉を都合よく解釈しようと思えば出来る。あの日の菜月を浮かべるのは、悪い気分ではなかった。ただ、その姿には靄がかかり、曖昧で。

「海では逆に話さなかったのも、よく覚えてる。うちはお前の背中を借りて、ただ海の音を聞いて。だから、あの時お前が何をしてたかまでは知らないけど。背中は広かったし、温かかった」
「ンなコトしてたか」
「ああ。それで、このネックレスを作りに行った」

 お前は決して一人ではないという証。互いの胸元に揺れるシルバーも、長いのか短いのかよくわからない時間の中で輝きが鈍くなった。燻って消えきらない感情も、その時一番近くにある熱に寄りかかりたい弱さも、何もかもが変わっちゃいない。時間が進み、仮に俺が留まろうとも、菜月が進んでいようとも。

「菜月」
「ん?」
「野坂はどうしてんだ」
「どうしてお前がノサカのことなんて聞くんだ、珍しい。夏合宿が終わって少し羽を伸ばしてたくらいで、何も変わっちゃいないぞ」
「そうか」

 何も変わっちゃいない。それなら、俺は変わらずに在ると決めた。相変わらず行き場に迷っていた想いも、燻ったまま胸の奥に。独りではなかった時間は、夢のようだった。お前は、真っ直ぐ帰ればいい。

「高崎」
「あ?」
「海へ行かないか」


end.


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久々に高菜のお話をやりたくなった。やっぱりたまにやっとくくらいがちょうどいい。秋学期になると菜月さんとノサカのお話ばかりになるもんね! ここらで違う男の気配が欲しかった。
長編が進まないなら外堀だけ埋めてしまおうとかいうアレ。どういう話になるのかは決まってるしあれはあの頃話だもの、といういつもの屁理屈。
高崎と菜月さんのネックレスの件に関しては、触れちゃいけない暗黙の何かっていうことになってたりするよ! それと同時に、人によってはノサカ頑張れって思ってもいるんだろうなあ、圭斗さんとかw

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