エコメモSS

□NO.1601-1700
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■悟ってハニー

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 このマンションは本当に縁起でもねえと言うか、来たくない客先のひとつだ。だけど、注文が来てしまったのだから仕方がない。これも仕事の一環だ。
 原付の脇で季節性アイテムのサンタ帽をかぶり、重い足取りで階段を上る。5階以上なら大体エレベーターがあるけど、ここは4階まで。しかも4階まで上らなきゃならないのが結構な重労働だ。
 階段を上りきって、左へ。見慣れた腐海はスルーして、あと2部屋。割とよく来る角部屋の前でインターホンをひとつ鳴らす。ここからはマニュアル通りの応対を。

「ピザデリーでーす」

 はあい、と返事があってから扉が開くまでのこの間がさみィ。願わくは、この部屋にかの腐女子がいませんように。ただ、注文内容から察するに、今回は多分その願いも無駄に終わる。

「はあい」
「えー、てりたまチキンとシーフードのハーフ&ハーフにアップルカスタード、ポイント割引で3980円っす」

 気をつけるのは、はあいと出てきたメガネっ子の奥だ。わずかに覗く暗い部屋の奥からは笑い声とフラッシュ。絶対今ここにいやがるなあの腐女子め。

「おい、俺は肖像権を放棄した覚えはねえぞ」
「だって、真正面から出てっても撮らせてくれないでしょ?」
「やっぱりいやがったか」
「あ、みやっち30円ある?」
「ちょっと待ってー」

 このメガネっ子が割とよくウチの店を使うのはここに来る頻度でわかる。ただ、一人の時はSサイズのピザ1枚だけだ。まあ、一人暮らしの学生ならそんなモンだ。
 これが、サイズが大きくなったりデザートピザだのサイドメニューだのをつけてくるようになれば要注意だ。それは「自分とは別に誰かがいます」と言っているようなもの。
 最初にスルーした腐海が宮ちゃんの部屋だ。メガネっ子と宮ちゃんがどういう友達かは聞いてないが、まあ、無言で察して何も言わないのが適切な友達だろう。

「はい30円」
「じゃ、3980円ちょうどで」
「てか高崎クン何その帽子」
「俺が聞きてえくらいだ。つかてめェ撮ったの消せ」
「え〜、どうしよっかなー」
「消せよ」
「1枚ちゃんとしたの撮らせてくれたら連写したの全部消したげる」

 いや、これは多分罠だ。この女のことだから、撮った瞬間パソコンかどこかに転送してバックアップを取ってるに違いない。それならちゃんとしたのを撮らせては思う壺。
 これ以上そのままでいてもこの女を調子に乗らせるだけだ。防寒具としてのサンタ帽を外し、もらった金をしまい込む。それが終わればもうここに用はない。そもそも俺はバイト中だ。

「ピザデリーさんはイベントでいろいろ付けて来るんだよう」
「えー!? 何それ初耳なんだけど!」
「それにねえ、バレンタインとかホワイトデーの時はおまけにラッピングされたチョコとかキャンディー付けてくれたりするんだよう、手渡しだよ手渡し。どうだみやっち」
「あの、スイマセンそれ以上この腐女子に燃料やらないで欲しいんすけど」
「よっしゃあ書くぞー! 即興コピ本作るー!」

 奇声と共にバタバタと暗い部屋に戻っていった腐女子はきっとこれからしばらくは引きこもるのだろう。このメガネっ子、なかなかやるな。つかこのマンションやっぱ魔界だ。

「あらら。カズさんには悪いことしちゃったなあ」
「アンタ、絶対確信犯だろ」
「これからもよろしくどうぞー」
「こちらこそ、何卒ご贔屓に」

 その挨拶と同時に装備するのは、防御を上げるサンタ帽。


end.


++++

みなもちゃんが怖いだけの回。この人がバカップルの放置プレイ云々を面白がっているのは明白である。
しかし慧梨夏とみなもちゃんの関係を「無言で察して何も言わないのが適切な関係」だなんてさすが高崎、悟ってるなあ
あとあれ。本人のいないところでこんなことになってしまっていち氏ドンマイ。いつか慧梨夏にクリスマスの契約書書かせる話もやりたい。

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