エコメモSS

□NO.1701-1800
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■君のいる街

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 たまに勉強する場所を変えてみようかと思ったのは、地元の図書館に読みたい本がなかった時。星港市には区の数だけある図書館の中から偶然足をのばしたそこで、見たもの。
 緑ヶ丘はとっくにテストが終わっていると聞いている。だからその人――高崎先輩がされている勉強はテスト勉強ではなく、その他のことで必要な勉強。
 実際、俺も春に控えた応用情報技術者試験のための勉強に来ているから、そういう資格関係の勉強であっても何ら不思議ではない。学校が休みだろうと、いや、休みだからこそ勉強の時間が取れる幸運だ。
 高崎先輩の場合、来年度は4年生で、就職活動の一環である可能性も否定出来ない。菜月先輩は志望する進路を聞いたことがあるらしいけど、内容については口止めされているとのこと。
 高崎先輩は「未来」という単語を手の届かないところのことを語るときに使う言葉だとして、あまり好まないそうだ。将に来ることを確かなビジョンで捉えていたい、そういう方だと。

 高崎先輩が、ピタリと手を止められた。顔を上げ、視線がぶつかる。まさか俺の後ろに誰かいるのだろうかと振り向いたけど、そこにはただ本棚があるだけ。そして、俺を対象とした手招き。

「野坂、お前視線強すぎだ」
「勉強の邪魔をしてしまい、申し訳ございません」
「いや、そろそろ切れかけてたからよ」

 そう言って高崎先輩はスッと立ち上がり、荷物を持って歩いていってしまう。何やってんだ、ついて来い。そう声をもらえば雛鳥のように後ろについて歩くだけ。

「話通りの偏屈理系男だな」
「俺のことはそのように伝わっているのですか」

 輸入煙草の黒い筒から、ほんのり甘い香りの煙が上がる。喫煙所でリラックスをするその人の横で、俺は背筋をピンと伸ばして、硬直したようにまっすぐ座っていた。
 思えば、高崎先輩と直接お話する機会なんてほとんどないに等しかった。本当は初心者講習会の講師をお願いする予定だったけど、予期せず計画倒れになってしまったし。

「お前は情報系の資格か?」
「はい。春に上級の試験が控えているので」
「そうか」
「失礼ですが、高崎先輩はどのような勉強をされているのでしょうか」

 高崎先輩の鞄から覗く分厚い本には、本屋でもらえる紙のブックカバー。そのカバーはボロボロになってきているから、勉強自体は前々からされていたのかもしれない。
 いや、参考書に紙のカバーはほとんどかからない。そんなイメージがある。もしかすると、高崎先輩がカバーを欲しいと申告したか、ご自身で用意されたか。潔癖性か、徹底した秘密主義。

「らしくねえって言われるからあんま言いたくねえんだ」
「俺は、高崎先輩らしくないと言えるほど、親しい間柄でもありませんし……」
「ま、そうだな」
「口外はしませんので、これも縁だということで少しだけ聞かせていただくことは出来ませんか」

 こうなったらお前はどこまでも引き下がりそうにねえなと深く煙を吐き、高崎先輩は毛羽立ち始めていた紙のカバーを外して見せてくれた。目に飛び込んできた職業に、目の前がパアッと晴れる。

「大学で講座もあるけど取ってねえし、完全に独学だ」
「素晴らしいです!」
「まだなってもねえぞ」
「いえ、手段や道のりはどうであれ、己の手で道を拓く姿勢は尊敬すべきです」
「ちょっとやりゃスッと入って身に付く奴もいるんだろうけど、俺はそうじゃねえからガリガリやんなきゃなんねえ。ガリガリやってっと自分にしか目が行かなくなりがちだけど、仕事っつーのはきっとどっかで他の奴や住んでる町に繋がって、そんで自分に返ってきてっつー繰り返しじゃねえかと最近思い始めた。――ってそれこそらしくねえなこんな悟り開いたみたいな空想」
「いえ、胸に沁みました」

 お前の予定を狂わせて悪かったな。そう言って高崎先輩は俺を解放した。だけど、狂ってしまった予定はただ一人で勉強をするより多くの物をもたらしてくれた。それこそ、俺の将来にも確実に繋がる物を。
 ただ、ひとつ野暮なことを思ってしまったのは、見せていただいた参考書の職業は「らしくなく」はなく、むしろ「らしい」という不思議な説得力があったのだけど、今となってはそれを伝える術もない。


end.


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そういうことがあってもいいと思った結果の高崎&ノサカの邂逅。実はほとんど絡みがなく、初期メインの中では互いに最も遠い関係。
あまり自分を知らないからこそ言えるということもあるんじゃないかと思った結果。あと、ノサカは口が堅そうだというイメージかしら。
高崎は割といろんな図書館に出没してそうだと思った。大学のとか、住んでる町とか、あとは星港か。それぞれにお気に入りの席とかがあるのかな。

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