エコメモSS
□NO.1701-1800
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■はじまりの頂の上で
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春が来たと思うのは、サークルの新入生勧誘活動。おびただしい量のビラを手に、放送サークルMBCCですと声をかけつつ初々しく学内を歩く連中にそれを手渡していく。
向島エリアの内陸の市にある私立緑ヶ丘大学は、山を切り開いた広大な土地に学舎を構えるマンモス校だ。とは言ってもその敷地の大半は体育施設に充てられている。
それでも両の手では足りない数の学部があるから、新入生の数も並大抵じゃない。うっかりすると人酔いしそうだ。それだけ人がいるとサークルの数も半端ねえ。人は案外集まらないモンだ。
「おい果林、伊東はどうした」
「いっちー先輩ならさっき大きなクシャミ飛ばしてサークル棟の方に歩いてきましたけど」
「見てたなら止めろ」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
果林の頬はよく伸びる。ビラ配りをバックれた伊東に対する怒りも手伝って、頬を引っ張る手にもいつもより力が入る。果林の頬には、手で握る癒しグッズとかああいう感覚で手が伸びちまう。
「もー、高ピー先輩アタシのほっぺたにだって痛覚はあるんですからね!」
「恨むなら伊東を恨め」
今日はいい天気だ。日差しも強ければ花粉もよく飛んでいるだろう。重度の花粉症を患う機材部長サマが屋外での新歓から逃げ出すのも時間の問題だとは思っていたが、もうバックれてやがったか。
とは言え、新入生ガイダンスだのオリエンテーションのある今日がビラ配りの狙い目なのには違いなく、花粉症だろうが何だろうが人手は欲しい。自分のビラを果林に託し、向かうはサークル棟。
「おい伊東!」
「へ……えっ……へっきしょーい! ……あ〜」
「汚ねえぞ、機材だけは守れよ」
「だいじょぶだいじょぶ。で、高ピーどーしたの」
「てめェビラ配りバックれんな」
「ゴメ、花粉、つら……あっ、はっくしょーい!」
この通り、春はてんで使い物にならなくなるこの男がMBCCの機材部長、伊東一徳。アナウンス部長である俺と共にサークルを指揮する立場だがこのザマ。伊東の名誉のために一応言っておくが、ミキサーとしての実力は折り紙付きだ。
「ゴメン高崎、俺も日差しが辛かったから引き上げてた」
「岡崎はまあ、新入生連中が引き上げる夕方に頼む」
「わかった」
茶色がかった色付きレンズの遮光メガネをかけたこの男が俺と同期のアナウンサー、岡崎由乃。岡崎は遺伝子に異常があるとか何とかで、生まれつき目が弱い。
光に過敏なのか、普通の人より視野の中が白っぽく眩しく見えるとか。それでかけているのが知らねえ奴ならサングラスだと思っちまう遮光メガネだ。
「ヨシがサークル棟に避難するって言うから、俺もちょっと……ぶえっきしょい! 避難しようかなーと思って。ティッシュティッシュ」
「伊東、てめェは何便乗してんだ。大体、メガネだのマスクだのの対策もしてやがらねえクセしていっちょ前にクシャミばっか飛ばしてんじゃねえぞ」
「だってジャマだしさー」
今は一刻を争う。コイツを連れ戻すために俺が抜けている時間だけビラを配れる枚数が減っているのだから。ビラの効果は薄いとわかっていても、配らないよりマシだ。サークルの将来に繋がる草の根活動。
「行くぞ」
「あ〜! 助けてヨシー!」
「ゴメンカズ、高崎をこれ以上怒らすとサークル運営に支障が出るだろうから」
「岡崎、お前は留守番ついでにいつここに新入生が訪ねてきても大丈夫な状態にしといてくれ」
「了解」
サークル棟の吹き抜けに大きなクシャミが何度も響く。無理に引いた手からも抵抗の色が抜ける。俺だって、春は眠くて仕方ない。出来ることならそこらのベンチで昼寝してえ。だけど立場というものがある。
「高ピー、ビラって屋内で配っちゃダメなの?」
「ビラを配れる場所は決まってんだよ」
「ビラなんか配んなくてもポスターあるからそれなりに人来るって」
「機材部長がそれを言うな」
end.
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今年度の1発目もやはりMBCC。今年のMBCCはいち氏がこれでもかとぐだぐだですが春の日中はそんなモンです。
そして何気にユノ先輩なんかも出てきたりして、ユノ先輩もこれから地味に活躍してくれるといいなあと。
果林はかわいそうだけど、ほっぺた引っ張られていひゃいいひゃいって言ってるのがかわいいからね、仕方ないね
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