エコメモSS

□NO.1701-1800
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■朝と昼の境界線

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 うるせえ。今何時だ…?

「10時半……」

 まだ朝の10時半だっつーのに容赦なく降り注ぐ音。おそらく布団でも叩いているのだろう。音の発信源は間違いなく上の部屋。緑ヶ丘大学まで徒歩5分のアパート、コムギハイツUは壁が薄い。
 真上の住人に関するパターンとしては、朝9時を過ぎると日課の掃除を始める。掃除機の音は高性能故にあまり響かないが、その他の音、たとえば足音などはよく響く。
 季節が季節だ。扉や窓を開け放して換気をしていることだろう。まだ少し早いかもしれないが、カビ予防がどうのと言い出してもおかしくはない。掃除中の風通しは基本なのだと。
 とは言え俺は俺で寝ることが趣味で至福の時であるとは散々言い続けてきた訳で、掃除をするなとは言わないが午前中の音は控えろと念は押してある。なのにこの結果だ。
 真上の住人に対する苦情は手頃な棒で天井をつつくという方法と、直接乗り込むという方法がある。この場合は、布団を叩いていると思われることから直接乗り込まなくては苦情も届かない。
 階段を登り、真上の部屋の前に立つとやはり玄関扉が開け放たれていた。無防備もいいところだ。チリひとつ落ちていない玄関に靴を揃え、バンバンと大きな音の響くベランダへと足を踏み入れた。

「おいL、てめェ今何時だと思ってんだ」
「ひっ! 高崎先輩ナニ勝手に上がってきてんすか!」

 ようやく俺の存在に気付いたのか、真上の住人はやや猫背気味の長身をビクッと震わせる。俺は俺で寝起きなのと睡眠を阻害されたので不機嫌だ。目つきの悪さに関しては何も言えない。

「10時半は早すぎるっていつも言ってるよな」
「いい天気じゃないすか。布団干して、洗濯物干してってやるには最高なんすよ」
「俺がいないときにやれ」
「そんなムチャな」

 しょげしょげとさらに背中を丸めた猫目の男は、パーマのかかった黄土色の髪を結び直しながら「掃除に関してだけはなかなか譲れない領分なんすよ」とへこへこしている。
 真上の住人、浅田類。何を隠そう放送サークルMBCCの後輩だ。2年のミキサーで、まあ、なんつーか存在感は薄い。細身の長身だし名前が類だし緑色の服を着ていたとかでDJネームもLと名付けられた。
 このLが相当な綺麗好きで、掃除は日課。サークル室の掃除もコイツの担当みたくなってるし、掃除機は専用機になりつつある。常に何かを食ってる果林とは屑をこぼしたこぼさないといつも戦争をしている。

「やっぱ掃除は朝のうちに済ませときたいんすよ」
「俺は午後まで寝てたいんだっつってるだろいつも。大体てめェ朝は動けねえんじゃなかったのか、あさだるいなんて名前しやがって」
「朝はだるいっす、基本動けないっす。でも掃除は別件っす」

 このやり取りに決着がついたことはない。だけど、苦情を入れるところで入れておかないと、増長されてもまた困る。何の予定もない日に午後まで寝てる幸せが妨害されつづけるとか地獄でしかない。

「せっかく起きたんすから高崎先輩も布団干したらいいと思うんすけど。二度寝するんすか?」
「その辺は帰ったら考える」

 定期の寝具メンテは幸せのために積み重ねる仕事だからしっかりとやるが、それをこの男に言われると腹立たしさを覚える。確かに、布団や枕を干すにはいい天気なんだ。

「にしても10時半は早いだろ」


end.


++++

今期のL初登場。たぶん。高崎の近所って言うか真上なので何気に休みの日なんかに重宝するなと気付く。
行楽シーズンだろうが何だろうがLの日課がブレることはなかった。高崎の自堕落もな!
今年はカビ予防の紙縒り掃除なんかをしてる図なんかもやりたいんだ! あと直クンに対する実地指導なんかもな!

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