エコメモSS

□NO.1701-1800
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■シーサイド・プラン

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 大学が休みかつ情報センターも解放されていないということで、今日は川北と飯を食いに行くことになっている。バイト先の先輩だの後輩だのとセンターの外でこうして顔を合わせることはそうそうない。
 最近、川北は軽度のホームシック、厳密には地元の食事に対する郷愁の情に襲われたらしい。同じエリアでも地域が違えば食文化が異なるのだから、エリアが違えば尚更だろう。
 川北は向島から見ると北東の方角にある内陸のエリアから出てきている。海のないエリアから出てきていることもあり、連休には海に行くんだとはしゃいでいたのも記憶に新しい。
 ただ、これから食いに行くのは向島でも食える地元グルメというのだから、海に行きたいのか地元に帰りたいのかさっぱりわからん。出てきたばかりで帰るのも違う、とは確かに言っていたが。

「あー、林原さんスイマセン待たせちゃいましたかー!?」
「いや、さほど待っとらん」

 寝癖のハネた髪に、よほど急いで来たのだと見受けられる。いや、奴の髪は割といつもハネているが、今日はいつもよりもハネている。

「車あっちに停めてあるんですよー、ちょっと歩くんですけどー」
「ほう、車で行くのか」
「ネットで見た限りじゃ車の方がいいかなーと思って」

 初心者マークの輝く軽自動車の助手席に身を押し込め、川北の運転に委ねる。恐る恐るこの春免許を取ったのかと確認すると、去年の夏に取って秋冬には普通に乗り回していたと。春生まれの利だと語る。
 言葉の通り車は慣れた様子で動かすが、星港走りと呼ばれる暗黙のしきたりにはまだ慣れんらしい。しかし、生活基盤が星港なら否応なしに慣れていくだろう。

「ここですー」
「ほう、ソースカツ丼か」
「向島じゃただのカツ丼って言うと煮カツ丼なんですよねー」

 先日のバイト中にカツ丼の話はしたが、まさか本当に店を見つけるとは。のほほんとした見た目とは裏腹、案外行動派なのかもしれない。まあ、春山さんの目つきに怯えつつもセンターに入所したのだから、根性はあるのだろう。
 店の中に入ると、ソースの香りが食欲を刺激した。ここ最近はドーナツかスコーンか別のバイト先のまかない(洋食)しか食っていなかったこともあって丼ものというのがまず新鮮だ。

「ソースカツ丼も地域によって違うんですよ。俺の地元は、キャベツの上にカツを乗っける1番メジャーなヤツです」
「どれがメジャーかもわからんのだが」
「キャベツの乗った長篠式を知ってれば大丈夫ですよー、キャベツがシャキシャキして美味しいんですー」

 店先には、保冷庫のようなものもある。普通はアイスが入っていそうなものだが中身は漬け物や佃煮だそうだ。帰りには買って帰るんだと川北はいつになくはしゃいでいる。
 時給1000円掛ける何時間をここで散らすのか。初任給の使い方が俗に言う自分へのご褒美だとするならまあ、これもこれで。モチベーションの維持というのも重要だ。

「しかし、よく調べたな」
「調べたのもあるんですけど、サークルの先輩に連れてきてもらったんですよー」
「ほう、サークルにも入ったのか」
「はい!」

 注文したソースカツ丼定食を待ちながら、1年生は実に希望に満ちているなと改めて思う。目の死んだ4年のまな板とは大違いだ。

「今日はこの後、こないだ林原さんに教えてもらった海沿いの道を走ってみようとも思ってて」
「ほう、ナビをさせようという魂胆か」
「自分で走った方が覚えますからねー」
「それでオレに車を置いて来いと」
「スイマセン」
「いや、構わんが」


end.


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まさかミドリとリン様のカツ丼デートが実現しようなどと誰がいつ思っただろうか。さすがミドリデーだ。
ミドリは春生まれなのをいいことに高校生なんだけど車を乗り回してたりした。ちょっとしたおつかいとかで。
ドーナツやスコーンやまかないしか食べてなかったリン様、相変わらず偏った食生活である。

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