エコメモSS

□NO.2201〜3100
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■春の逃亡計画

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「慧梨夏、俺、北辰に引っ越したい」
「えっ、ちょっとどうしたのカズ、急にそんなこと」

 カズが真剣な表情で突然そんなことを言い出すからビックリしちゃって。だって、北辰って言ったら国内最北端のエリアだし。カズは生まれも育ちも向島。それがどうして急に北辰なんて場所が出て来るのかわからない。
 旅行に行きたいとか、雄大な大地を地平線に沿うようにバイクで走りたい、とかならわかる。美味しい物食べたいなーとかさ。うちだって北辰にいるオンの知り合いの人に会ったり北辰のイベントに出てみたい。でも引っ越しって。

「来年のさ、花粉飛散量のニュースが出てるんだよ」
「ん? もしかしますか?」
「なんかさ、どこの予測かによって飛散量にめっちゃ差が出てるのな? こっちのサイトじゃ向島は今年比120%って言ってるし、こっちのサイトじゃ今年比60%弱。でも、どっちのサイトでも北辰は今年より少ないって言ってるから」
「あのさあ、どこに行ったって飛ぶんだから飛散量で居住地を決めるのは現実的じゃないよ」
「わかってる、わかってはいるんだ。でも俺はスギ花粉から逃げたい!」

 毎年のイベントだからしょうがないとは言え、そろそろカズは本気で病院に通うべきだと思う。カズは重度の花粉症を患っていて、毎年春になるとぐずぐずでもう大変。生活すらままならなくなるんだから。
 試せる民間療法はいくらでも試す。ヨーグルトにトマト、レンコンその他諸々。学生の部屋に置くようなレベルじゃないハイグレードな空気清浄機(加湿・除湿機能付き)もフル回転するよね。洗濯物も室内干しになるし。
 普段は結構現実主義的な所があると言うか、夢見がちなうちのことをバッサリ斬って来るカズだけど、この件に関しては完全に立場が逆転してる。だってさ、カズが引っ越しとか言うとうちにも影響出るし。必死で止めますよ。

「国外逃亡するの?」
「いや、だから北辰なんだって。北辰の北の方は花粉が少ないらしいんだよ」
「花粉以上に過酷な環境が待ち受けてると思うけどなあ。ツイッターとかで見るよ、最低気温がマイナス20度超えとか」
「うわ、死ぬ」
「でしょ? 国外逃亡したところでスギ以外の植物で花粉症にならないとも限らないし、外国じゃそう気軽にマスクだって手に入らないよ? それどころかマスクしてたらカモだと思われて事件に巻き込まれるかも。それに比べて向島はあったかいよ。勝手がわかってるから暮らしやすいし友達もいる」
「おうち最高」
「向島の中で出来る対策をしましょう」

 意外にあっさりと引き下がってくれて一安心。やっぱりそこまで本気で言ってたワケじゃなくて最悪のパターンで、的な話だったんですよね? そうですよね? そうだと思いたいんだけど。

「でも、今から花粉の事考えるとかしんどいね」
「春なんかなくなればいいのに。完全に暴力じゃんか」
「過激派だなあ! って言うか、今のうちから病院に通えばいいのに」
「えー」
「学生のうちじゃん、こんなに時間あるのなんて」
「まあなー?」

 ぐすぐずで、帰って来るなりベッドに倒れ込んで家事も何もかもを放り出して寝込むカズを見ていたからこそ本当に病院に行ってほしいと思う。大体、花粉症なのわかってるのにマスクもメガネもしないからさ。
 春だけはうちがカズのお世話をしてるけど、夏秋冬の分を春だけで返せるとは到底思わない。って言うか、お世話とか家事とかを抜きにして、しんどそうなのを見てるのが嫌なんだもん。早く外に干したいなあって言いながら部屋干ししてるのとかさ。

「あっ。そしたらさカズ、春になったら旅行で北辰に行く? 少し長めに日程取って」
「1週間くらいか?」
「それくらいが現実的かなあ」
「ただ、各種イベントやらで忙しくしているお前に、果たして旅行に費やす金と時間があるのかという問題が発生するよな」
「ちょっ、急に現実問題ぶっこんでくるのはなしでしょ! げ、原稿は宿ででも出来ますし!」
「お前旅行先で原稿やる気なのか」
「ダメ?」
「ダメです」


end.


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いち氏の安定のヤツ。秋冬のうちから心配しなくてはならないので結構しんどいですね。でも引っ越しまで行くか……
この件に関しては慧梨夏が結構まともな感性と言うか、常識的に物事を考えるようになるのだなあとつくづく。それだけ春の暴力にいち氏がボコボコにされてんだね
旅先でも原稿をやる気満々の慧梨夏ですが、デート的な現場で趣味のことを云々っていうのはナシじゃなかったでしたっけここのカップルのルールで

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