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□彼女にお酒を勧めたけれど。
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「いらない」
「一口でもいいから」
「いい」
「お酒嫌い?飲めないの?」
「そうではないけれど」
「じゃあなんで?」
とにかく飲まないのだと、俺が差し出した缶ビールを彼女は押し戻した。
爪の形きれいだな、とどうでもいいことを俺は思った。

俺は彼女にどうしても飲ませたいわけではなかった。
ただ会社内でも彼女が酒を飲まないことはちょっとしたうわさになるくらいに有名だったから、
それを崩したいと思っただけのこと。
俺にだけは特別な彼女を見せてくれるかもしれないと期待したのだ。
それは関係を秘密にしているためにことあるごとにやきもきするはめになる俺の精神を安心させるだろうから。
結果、失敗したけれど…。

心の奥底でため息をつく。
理由はわからないけれどどうしても嫌だというのなら仕方がない。
俺だけ飲むことにした。
クラピカは俺が缶ビールを傾けるさまをじーっと見ていた。
「飲みたくなった?」
「いや」
「飲んでもちゃんと家まで送っていくよ」
「…飲酒運転になるぞ」
あ。
「…確かに」
彼女に酒を飲ませたいあまり油断してた。
彼女を送っていかないといけなかったのに。
「心配ない。今日は泊まっていくことにする」
勝手に決められてしまったけれど、不満はない。
それどころか浮かれたくなるほどうれしいと思っている俺がいる。
今夜はずっと彼女といられる。

すっとクラピカの顔が近づく。
唇が触れて俺の舌をクラピカのそれがそっと吸った。
こんな程度で酔っているはずもないのに体温が上昇していくのを感じる。
これで許せ、と囁くようにクラピカは言った。
彼女のほんのりと染まった気恥ずかしげな目元。
こんな顔が見れるんだ。
きっと俺しか見たことがない。
「うん」

これだけで俺は自分でも驚くくらいに十分に満たされる。
結果、当初の目的とは違ったけれどこれでいいのだと納得している俺がいた。

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