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□暖かなぬくもり
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約束の場所について、すぐに彼を見つけることができた。
私は彼を見つけることに対しては天才的な力があるのではないかと思う。
多くの人ごみの中からでも、彼だけを瞬時に見分けることができるから。

彼も私を捉えていて、視線で彼の気持ちはわかった。
来てくれてうれしいよ。
私も同じだ。

クロロと待ち合わせをするときは、いつだって照れくさい。
雑踏の中に佇む彼は私の知らない人のようで、すこし気後れしてしまう。
けれど、いつだってクロロは私を見つけると微笑んでくれる。
それがいかにうれしいか心臓は正直に伝えてきて、本当にこの人が好きだと実感する。
私は待ち合わせのたびに彼を好きになるのかもしれない。
だから、高鳴る鼓動はどうしようもなくて、初対面のように、初めの一言が見つからない。
顔を見つめるのも、気恥ずかしい。

結局、私は
「待たせただろうか?」
と当たり前のことを言って、悪かった、と謝った。
こんなに気安く話せる仲なのに、この瞬間の私はすこし変だ。
すこしだけ予定が長引いてしまって、約束の時間にはいけないことを彼には連絡をしていたけれど、彼のことだからきっと律儀に待ってくれていたのだろう。
「待ってないよ。俺も今来たところ」
クロロはそう言って笑ったけれど、それが嘘だということはすぐにわかる。
鼻の頭が赤くなっていて、私はそれをかわいらしいと思ってしまって、でも彼が長い間待ってくれていた証明だった。
「嘘つき」
「ほんとだよ」
絶対に本当のことを言ってくれないということはわかっていたから、彼が時折する方法を真似て、私はクロロの頬を不意うちでそっと触った。
引き締まって肉付きの薄い頬は、はっとするほどに冷たい。
「こんなに冷たくなっている。どれくらいここにいた?」
本当のことを聞かせてほしい。
クロロに懇願するように尋ねると、15分くらい、と小さな声で言った。
「クロロ…」
私は、彼をきゅっとにらんで問い詰める。
私に気を使っていることはすぐわかる。
彼は総じて嘘がうまいけれど、こういったときにはまったくその能力が発揮されないらしい。
「30分くらいかな…」
彼は決まり悪そうに言った。
やっと素直に告白してくれた。
やっぱり…。体が冷え切っているのだから、それくらいだろうとは予想していたけれど。
「遅くなるから、と連絡しただろう。ずっとここにいたのか?」
どこか、店にでも入っていると思っていた。
子供ではないから、それくらいの分別はあるものだと。
寒い場所にじっと30分も待っているとはまさか思わない。
「ただ、ぼーっとしていたわけじゃないよ。これから行く店に予約いれておいたし、ほかにも…、とにかく有意義に過ごしてた!」
彼は一生懸命に言い訳する。
けれど、時間の過ごし方について、責めているわけではない。
「こんなところに長時間いたら風邪を引くだろう?」
彼が体調を崩したら元も子もない。
食事は中止だし、そんなことになったら、私だって苦しい。
「でも、君を一番に見つけられる」
「そんなこと…」
どうでもいいと言う前に、
「それが何より大切だよ」
彼の一言に心臓を射抜かれた。

私は自分の高鳴る鼓動をごまかすために、まいていたマフラーを取ると彼の首をそっと包んだ。
真っ白なマフラーだから彼がしていてもそんなに違和感はないだろう。
ひんやりと首が涼しくなったけれど、彼が代わりにつけていることが私を満足させた。
クロロはあわてた様子で
「俺は風邪なんて引かないよ。普段から鍛えてるし、大丈夫」
君の気持ちはうれしいけど、と驚いたようにそれに触れた。
「そんなふうに過信していると寝込むことになるのだぞ」
私は取らせまいと思いながら、もう一回り彼の首に巻きつける。
「俺がしたら君が寒い思いをする」
クロロはまだ遠慮しようとする。
「お前のほうが30分先行して寒さを味わっているのだ。いいからしていろ」
そうすることで彼を長い間待たせてしまって申し訳ないという気持ちと、待ってくれていたことを純粋に喜んでしまったことへの罪悪感がすこしだけ晴れる気がした。

「私が、そうしていてほしいのだ」

それでやっと彼は、うん、とうなずいてくれた。
そして、ありがとう、と言って、

「君が凍えないうちに非難しよう」

彼は私を案内する意味もこめて手をぎゅっと握ってきた。
「とても暖かいよ、クラピカ」
声がやさしくて耳に心地いい。私だって同じだ。
「予約したレストランだけど、30分以内には着く」
「ああ」
彼に触れて、それだけで私は体の奥から暖かなものが溢れてくるのを感じる。
彼がいてくれたら、マフラーなんていらない。
こんなに暖かい。

道すがら、彼は私を気遣うように、やさしく手のひらで首に触ったり頬を包んだりした。
そのつど私は、寒くない、と耳まで熱くなるのを感じながら彼に伝えた。
手を繋いだままでいられるのなら、もっと時間がかかってもいいと思ったことは彼には秘密にしておこう、と思った。

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