よみもの

□Birthday
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ドキドキ。
ドキドキ。
今日は朝からずっとドキドキしている。
何故って。


「今日は私の誕生日なんですよー!」
「それで?」

おめでとうと言われることを期待してすぐ上の兄に報告してみるが、何ですかその反応。
「お前毎年そう言って何かしらせびってくるだろうが。もういい年なんだから子供みたいなことするんじゃない」
「いいじゃないですか。望まれないクリスマスベイビーなんですからそれぐらいしたって!」
正直言ってクリスマスベイビーと知ってからは自分の誕生日があまり好きではなくなったが誕生日とは当人がわがままし放題できる特別な日である。それを利用しない手はない。普段謙虚に生きている私にとっては夢のような1日なのだ。うん。
「誕生日なんですから何かくださいよー兄さーん」
「平日の真っ昼間に押し掛けて来て何アホなこと言ってるんだっ」
「アホとはなんですかアホとは!絶望した!誕生日なのに実の兄に冷たくされて絶望したあ!」
「うるさい!診察の邪魔だから出てけー!」
ドタバタとその辺にある本やらカップやらを投げつけられ強制的に医院の外に追い出された。
何ですかあの態度。あれが誕生日の実の弟にする対応ですか!? 兄さんの誕生日には絶命と書いた不幸の手紙を医院のあらゆるところに仕込んでやりますからねっ。あと医院の看板の「色」の四角の部分につるをかき足して「角眼鏡」って書いてやりますからねっ。ふんっ。

…とはいえ、今日はまだ誰一人として「おめでとう」と言ってくれません…。
学校があったのに、クラスの子達は私の誕生日を知っているはずなのに誰一人としてっ。
──久藤くんだって…。
いつも通り学校に来て本を読んで宿直室に寄って世間話をして帰って行ってしまった。
…まさか、あまり考えないようにしていたけど……忘れているとか?
「あはははまさかあ〜」
乾いた笑いが住宅街に響いた。
はあ…絶望した…。

「先生!」

絶望してついには幻聴まで聞こえてきてしまったみたいです。

「先生ってば!」

ん? あれ?

「そんな所で何してるんですか?」

幻聴じゃない?
フラフラと視線をさ迷わせる。
と、あるお宅の二階に彼の姿が見えた。
「久藤くん…」
「これからお帰りですか?」
久藤くんのことばかり考えていたらいつの間にか彼のお家の前まで来てしまっていたらしい。少女漫画のような自分に頬が赤くなるのを感じる。
「どうですか先生?うちに寄っていきませんか?」
「えっ」
今日この日、私の誕生日に、彼のお家に招かれるということは、ということは…。
「どうですか?」
「は、はい…お邪魔します…」
実は何かサプライズ的な何かを用意してくれていたことに期待しつつ、この距離では聞こえないであろう声量でコクンと小さく頷いた。

「あの…今日はご家族は?」
玄関に入って草履を脱ぐ前にお伺いをたてる。いくら2人っきりで彼の部屋に居たとしてもご家族が居られるなら全然楽しめない。
「ああ、今日は2人共仕事なんですよ」
お家の方が居られない時に上がり込むのは申し訳ないが、そう言われてほっと胸を撫でおろした。
「…安心しました?」
クスッと笑って私の心を見透かすような言い方に顔が真っ赤になるのが分かる。これじゃあまるでそうなるのを望んでるみたいじやありませんかっ。…いや、まあ実際そうなんですけどっ。
階段を通り二階にある彼の部屋に通される。
久しぶりに入る久藤くんのお部屋。
彼の匂い─。
「ちょっと待ってて下さい。今お茶を持って来ますね」
「あ、お構い無く」
トントンと階段を降りていく彼の足音を聞いて、一人になった安心感から久藤くんのベッドへ身体を預ける。
……こんな風にベッドに横たわっていたらその気になってくれるでしょうか…。って、何考えてるんですか私は!
絶望した!っと、ガバッと上半身を持ち上げるが、いや待てよともう一度転がる。
そういえば私から誘ったことは一度もない。いつも彼の方から欲していることを告げられ半分押しきられるように身体を繋げていた。ここいらで大人の余裕を見せておかないとなめられます!
トントンと再び彼の足音が聞こえて来たので慌て彼のベッドに突っ伏した。
「あれ?先生どうしたんですか?」
部屋に入ってくるなりベッドに倒れている私を見つけて少し心配そうな声で聞いてくる。
「どうしたんですか?具合悪いんですか?」
お茶をテーブルに置いて私の肩に手をついて顔を覗きこんでくる彼。
「い、いえ、大丈夫です…」
うつ伏せになっている顔を少し覗かせて潤んだ瞳で見つめてみる。
久藤くんははっとしてじっと私の顔を見つめて、そのまま顔を近づけてきた。
キスをされる─。と思ってドキドキしながら私は静かに目を閉じた。
「先生…」
頬に感じる彼の指─。
そして─。

「先生睫毛付いてますよ」ふいっと離れる久藤くんの指。
「…は?」
急に話が逸れて思わず間抜けな声がもれた。
「ほら見て下さい。やっぱり先生って睫毛長いんですねー」
へー、と感心して睫毛を眺める久藤くんにカクリと力が抜ける。
何なんですか!今ちょっといい雰囲気だったのにそのオチは!
心の中で突っ込んでみるも、自分からそういう気分になったことが恥ずかしくて言えずに悶えるしかない。
久藤くんは決して鈍い方ではない。でもその気にならない時はとことん穏やかな性格なのだ。逆にいざ火が付いた時は有無を言わさない強さはあるが。
(うう…。どうしたらその気になってくれますかねー…)
出されたお茶を啜りながら思案する。
「先生。これどうぞ」
と、目の前に差し出された一冊の本。
「!?それは!」
「はい。この間先生が読みたがっていた本です」
「読んでもよろしいですか!?」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
ルンルンと音符を飛ばす勢いで、その絶版になった古書を開いた。

─30分後。
(─って!こんなかとしてる場合じゃありませーん!!)
ついつい読み耽ってしまって当初の目的を完全に忘れてしまって激しく自分に突っ込みを入れる。
みると久藤くんも何か本を開いていた。
(いけません!私達は仮にも恋人同士なんです!彼のお部屋にお邪魔しているのにお互い読書に集中ってあり得ません!そもそも私の誕生日なのになんでこんなことして過ごさないといけないのですかぁ!!)
「久藤くん!」
「は、はい?」
バンっと勢い良く本をテーブルに叩きつけるように置くと久藤くんは少し驚いたように目を見開いた。
私はと言うと、勢いで彼を呼んだはいいがちゃんと考えが纏まっていたわけではなかったもので続く言葉が出て来なかった。
「───っ何でもありませ!」
まるで逆ギレのようにそっぽを向く。
「先生…」
真剣な声に振り向くと、久藤くんの真っ直ぐに射る瞳とぶつかった。
(あ…)
そっと近づいてくる久藤くん。
「久藤…くん」
「先生」
抱きしめられる距離になって、今度こそキスをされると思ってゆっくりと目を伏せた。
「先生………そんなに強く置かないで下さい」
「……え?」
「この本結構古いのでそんなに乱暴な扱うとバラバラになっちゃいますよ」
「……………は?」
本に傷がないかと大事そうき撫でる久藤くんをポカーンと見つめる私。
私<本ですか!?というかさっきのはただ単に本を乱雑に扱われて怒っただけですか!絶望した!自意識過剰な自分と決してその気にならない久藤くんに絶望したあ!
これではまるで私はピエロです。このままずっとここにいたら絶望しっぱなしです。
「私、もう帰りますっ」
「え?」
急に立ち上がって帰ろうとする私の手を掴んで焦ったように言う久藤くん。
「どうしたんですか急に?僕何かしましたか?」
ええしましたよ。何もしないことをしました。何で自分の誕生日にこんな惨めな気分にならないといけないのです。私は傷つきました。
「…しないから帰るんです」
口を尖らせて帰ろうとドアノブに手を掛ける。
「先生」
背後から私の肩に手を置かれて、引き止める力がかかる。
「すみません先生。今日は両親が遅くなるので先生とゆったりとした時間を過ごしたかったんです」
「え…」
「今日は先生のお誕生日でしょう?だから…おこがましいかもしれないけど僕と一緒に好きな本を読んで過ごしてもらいたかったんです。…嫌でしたか?」
「そんなっ…」
嬉しい。
久藤くんは私の誕生日を忘れていたわけではなかったのですね。
「先生、お誕生日おめでとうございます」
満面の笑みでお祝いを言ってくれる久藤くんに胸が苦しくなった。
「ありがとうございますっ」
その笑顔に答えて私も心からお礼を述べた。
「先生、今日はお夕飯食べて行って下さい。美味しい物沢山ご用意しますから」
「はいっ」
サプライズパーティーまで準備して下さっていたなんて私は何て幸せ者なのでしょう。
「では、お言葉に甘えてご馳走になりますっ」


──3時間後。
「じゃあ先生お気をつけて」
「え?あ、はい…」
すっかり日の落ちた暗い玄関先でお見送りされる。
「やっぱり近くまでお送りしましょうか?」
「あ、いえ…大丈夫です…。お邪魔しました…」
とぼとぼと路地を一人歩く私。
………なにもなかった…。
───本当になにもなかったっ。
確かに誕生日プレゼントは戴きましたがパーティーもなかったしイチャイチャもなにもなかった!
「サプライズです!何事もなかったことがサプライズです!!」


久藤談
「だって、先生の誕生した聖なる日にいやらしいこと出来ないでしょう?」



08.11.4

先生お誕生日おめでとう!!ということで書いてみました!
第153話の先生が「コープホラレゾン」に招かれる所を久藤くんでやってみたかっただけなんです!やまなしオチなし意味なしですみません!

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