novel

□Hands
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「……スパナ、ハグするの好きなの?」
「うん。あんた限定だけどね。」

見てるこっちが恥ずかしくなるくらい幸せそうな笑顔だ。
そんな笑顔を向けられると抱きしめ返してあげたかったが、
手錠で拘束された両手ではそれは叶わなかった。
その代わり、彼の肩に顎をのせる形でかえす。


この人見かけによらず子どもなとこあるよなあ、ランボみたい。
そう思ってからふと、会えていない仲間の事が心配になってきた。
「(みんな大丈夫かな……ラルは体調悪そうだったし……)」
成り行きとはいえ、自分は敵に拾われてこんな状態になっている。
今も戦っているであろう彼らの事を考えると、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
大きな怪我とかしてなければいいけど、と眉を寄せたとき、
「…………………っ」
ぎゅっ、と自分を抱きしめる腕に力が入ったのを感じた。
ちらりと横目で見てみれば、昨期とは違い、どこか暗い表情をしているスパナが視界に入る。
彼は少し俯いたまま、ぼそりと呟いた。
「今、他の仲間のこと、考えてた。」
「……スパナ」
「ウチがいるのに。今あんたを抱きしめてるのはウチなのに。」
「……スパ…んうぅ………」
もう一度彼の名を呼ぼうとすれば、唇を塞がれた。
そのまま彼の舌が唇を割って口内に侵入し、かき回してくる。
深い口付けに最初こそは驚いたが、今はもう日常茶飯事だ、慣れている。
ゆっくりと自分も彼の舌に自らのそれを絡ませた。



どのくらい時間が経っただろうか、どちらかともなく唇を離す。
銀色の糸がお互いを繋いでいるのを見ながら、乱れた息を整えた。
慣れている、と息継ぎの仕方が上手い、は別問題なのだ。
スパナの機嫌もこれでなおったかと顔色を伺ってみれば、彼はいぜん暗い表情をしたままだった。
いや、昨期とはちがう。
どこか必死そうな感じがする。
それはおそらく、自分のように息継ぎが上手くできなかったから呼吸のリズムを取り戻そうとしているわけではない。
もしそうならば、何故今までみたことないくらい切なそうな表情で自分を見るのか尋ねたかった。
そんなに哀しそうな顔しないでと、彼の頬を両手で包んであげたかったが、
手錠で拘束された両手ではやはり叶わない。

「ス……パナ」
「あんたは…あんたはいつもウチを置いていく。
自分以上に仲間のことを考えて、苦しんで、
そして置いていってしまうんだ、ウチを。」
そういってスパナはまた自分を抱きしめた。
ああ、これじゃまた顔がみれなくなるじゃないか。

「ウチをみてくれないあんたなんていらない。見てよ、ウチを。」
声だけで分かる、スパナは今泣きそうな顔をしているな、絶対。
いい歳した大人が泣くなよなあと頭の片隅で思いつつも、
まあ仕方ないかと考えてしまうのは、彼が一度自分の死を見たからだろう。
すでに魂が宿っていない、もう二度と瞳も口も開かない自分の骸を見たからだろう。
一度スパナは大切なものを失って、そして取り戻した。
だからまた失ってしまうことを恐れているのだ。


「(そうだ、スパナが本当に好きなのは)」
知ってる。スパナが自分にこの時代の自分を重ねて見ていることを。
あのモスカがこの時代の自分を研究して造られたものなら、当然スパナはオレを調べたはず。
そのとき彼がなにを思ったのかは知らない、この時代の自分と彼がどんな関係だったかも知らない。
だが、今はもう生きていないのは事実。
決して戻ってくることはない。

だから、自分なのだ。


オレはオレだけど、オレじゃないのに。


「(自分だって他人のこと言えるのかよっオレを……見てないのはそっちのくせに)」
自分はどうせ代わりだ。
スパナから本当の愛はもらえない。
そのスパナに本当の意味で愛してもらえるこの時代の自分はずるい。

「(こんなに……あいしてるのに……)」

彼がオレを置いて逃げていかないようにきつく抱きしめたかったが、
手錠で拘束された両手では、当然それは叶わなかった。




Hands
(一度も言えなかったけど)
(すきだよ、あいしてる)



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