短い読み物。

□花埋み
1ページ/1ページ





ひらり、ひらり


ひらり、ひらり



薄ピンクの小さな花弁が目の前を舞っていく。
まるで雪でも降っているように、視界を埋め尽くすそれら。



「凄いな」

「あぁ、凄いな」


隣で佇む夏目もその光景に息を飲んでいる。
河川敷の桜並木は既に盛りを過ぎて散り始めていた。
学校の帰りに、桜の時期だなぁと話をしていたら、成り行きでじゃあ行ってみようと、そういう事になった。


最初は夏目の友達の西村と北本も一緒だったが、桜に見とれている間に、いつの間にか見失ってしまった。


「桜って、綺麗だけど」


夏目がぽつりと呟いた。
俺は彼の方に顔を向けた。
色素の薄い髪がざぁっと風に揺れる。


「散る姿は何だか見ていて切なくなるな」


少し悲しげに、夏目は苦笑を浮かべた。
俺は桜に視線を戻した。


「あぁ、本当だな」



ひらり、ひらり


舞い散る小さな花弁を見ていたら、ふと思った。
夏目は桜に似ている気がする。




俺達には秘密がある。
夏目は妖が見える。
俺はぼんやりとしか見えないが彼ははっきりと見えるし、触れれる。


妖は幽霊とは違う。
けれど、この世の者では無い、と表現するように、人間や動物よりも彼岸に近い存在だと思う。
そんな彼らを感じたり、見たりする事が出来る俺達は少しおかしいのかもしれない。



そして、もしかしたら俺達は普通の人よりも、“そちら側”の者に、少しだけ近い存在なのかもしれない。



ちらり、と夏目の顔を盗み見た。
穏やかな表情で、桜の木を見上げている。


花吹雪の中に佇む彼。
桜よりも、綺麗だと思った。



実は夏目は妖なんじゃないかと、思ってしまう時がある。
ポン太が言っていたが妖の中でも力のある者は人に化けて、人の中で暮らす者もいるらしい。




整った顔や白い肌、華奢な体。

色素の薄い柔らかい髪に、同じ色の瞳。



“この世の者”では無い、そんな儚げな雰囲気を漂わせている。



「あ」


急に夏目がこちらに背を向けて、並木道の先を見やった。


「あれ、西村か北本じゃないか?」

「え」


彼の視線の先に目をやるが、木々の列に人の影なんてない。
ひらひらと、静かに白い花弁が舞ってるだけだ。


「ほら、手振ってる」


夏目はおーい、と手を振り返したが、そこには誰もいない。
いや、誰もいないように見えるだけ。
微かにだが、確かに何者かの存在を感じる。


夏目は俺の戸惑った様子には気付かずに、そちらに足を踏み出した。





「・・・」



「・・田沼?」



彼の足が止まる。
不思議そうな顔が振り返った。



「?」


「手」



訳が分からず、ぼーっとしていたら、もう一度夏目が、手と言った。



「手、握ってる」


「あ、ごめん」



ぱっと、握っていた彼の手を放した。



「どうかしたのか?」

「・・あ、いや」


きょとんと首を傾げる夏目。
その視線から逃げるように俺は下を向いた。
別に後ろめたい事をした訳でもないのに、自分の無意識の行動に戸惑っていた。



「・・どこかに行ってしまいそうだったから」

「え?」


君が“あちら側”に、行ってしまう気がして。

俺は苦笑しながら首を振った。


「いや、なんでもない」

「ふーん」


変な奴。と夏目は呟いた。


「本当に、な」


フフと、自然と笑みが浮かんだ。
夏目もにっと笑った。


強く風が吹き、花弁が頬を撫でた。
さらさらと目の前を散っていくそれら。


「田沼、付いてる」


手を伸ばして、夏目が俺の髪に触れた。
不意に、ドキッと胸が跳ねた。
すぐに離れていった彼の指が、白い小さなモノをつかんでいる。


「ほらな」


花が溢れるような、笑みを夏目は浮かべた。

やっぱり、夏目は人では無いのかもな。
だって、笑顔を見たり、触れられたりしただけで、こんなに胸がドキドキするんだ。




「田沼、顔赤くない?」

「ッ・・気のせいじゃないのか?」







花埋み







「おーい、夏目、田沼」


声の方を振り向けば、北本が土手の下から手を振っていた。隣には西村がジュースの缶と菓子袋を腕に抱えていた。


「お前ら、いつの間に」

「お花見と言えば、やっぱりこうだろ?」


自信満々に言う北本に、俺達は思わず顔を見合わせた。




100315


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ