PLAYS

□《セオリー》
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 初恋の相手、従兄は金魚掬いが上手かった。中学生まで毎年夏休み泊まりにやってきた彼は及川にねだられ何匹もの金魚を掬ってくれたものだった。
 金魚は無論、縁が独特の広がりを見せる専用の硝子鉢に飾る。所狭しと泳ぎまわる彼らを従兄と並んで眺める時間は至福だったが、長くは続かなかった。
 その従兄が帰ってしまえば、及川の金魚熱はたちどころに消えていく。金魚鉢に近付くことすら滅多になくなり、ましてや日々の餌やりなどは続けるわけがない。掃除だけは見兼ねた母親が行なってくれたものの、結局、毎年の8月31日に宿題の絵日記を埋める段になってやっと金魚の存在を思い出した及川は悲鳴を上げることになる。
 ゆうに10匹以上存在していた金魚が、最後には2、3匹になってしまう。これがきっかけで、及川は「共食い」という言葉を覚えた。
 ところで、及川はこの言葉に対して比喩的なイメージも持っている。彼女のついこの間まで通っていた女子高に纏る話だ。
 周りに他の対象がいなければ欲が身近な場所に向かうのは当たり前である。及川の場合は教師に憧れが向き結果的におやじ好きになってしまったが、クラスメイトの中で身の回りの少女同士が恋を囁き合うことは少なくなかった。それを奇しくも「共食い」、と皮肉を込めて呼んだのは誰だったろうか。
 ただ、自分とは縁のない話だと思っていた。本当のことを言えば顔を寄せあい何か重大なことでも話すかのように「好き」を囁き合う彼女たちが少々気持ち悪かった。
 でも今なら分かる。
 気持ち悪かったのは、同性を好きになることではない。軽々しく恋を乗せる唇だったのだ、と。
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