PLAYS

□《初恋は、ヒトミちゃん》
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「沢木」
 勝手知ったる蔵の中にずかずか踏み入れると、案の定幼馴染みはぼんやり空を眺めていた。空気中の菌と遊んでいるのだ。
(ヒトミちゃんにこんなこと聞かせたら、卒倒しかねないな)
 女子は随分面倒な生き物である。
「おいこらそこのチビ」
「おらぁ蛍てめぇ人が黙ってりゃ」
 意外に俊敏な動きで身を翻した沢木に対応しきれず、押し倒されるような形で蛍は冷たい床に背中をしたたか打ち付けた。
 なのに、言いたいことを口に出したせいかどうしようもなく笑いが込み上げてきてしまう。
「け、蛍……?」
 見上げれば、自分の笑いに思い切り引いたらしい沢木の引きつった表情が目に飛び込んできた。おかげで、一旦収まったかのように思われた笑いが再び蛍の表情筋を弛ませていく。
「なぁ、蛍ってば、どうしちまったんだよ」
「ヒトミちゃんに告白された」
「え」
 途端、沢木からさぁ、と表情が消えていく。
「から、断っといた」
「えぇえ?!」
「だって、あの子自分より背が低い男子とは付き合わないんだろ?」
 先程と同じ台詞を誇らしげに繰り返す。蛍の台詞で赤くなったり青くなったりと忙しかった沢木の目は、今や点になっていた。
「僕もヒトミちゃんより背が低いから」
 最後に、とっておきの一言を沢木に投げ掛けると、蛍は今までとは違った意味でにぃ、と笑うと、呆然自失の沢木の腕に触れた。
「もういいだろ、沢木」
「あ、ああ」
「たぶん母さんがおやつ用意してるから、あとでうちに来いよ」
「おぅ」
 制服についた埃をばたばたと払っていると、こちらもいい加減痺れたらしい腕をマッサージしていた沢木が立ち上がってひとつ伸びをした。
 今更だが、蔵の中は余り居心地がよくない。ふたりとも今は辛うじて相手の姿を目視できているものの、日が落ちる前に出るのが得策だろう。
 沢木を真似た伸びをしてから、蛍は先に蔵から出ていった。空一杯に広がる夕日の紅が目を差して、また一日が過ぎていこうとしていることを告げていた。



***

完璧に性格違うな、これ。
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