小説@
□美の記憶
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ヴィクセンがソファで寝ているのを見つけた。珍しいこともあるものだ。長身であるためか僅かに体を丸めていて、いつも背筋を伸ばしている彼のそんな姿に少し違和感を覚える。くすんだ金髪は重力に従うように流れ、あまりの不自然の無さに思わず見惚れてしまった。
美しい。
誘われるように髪を一房手に取った。見るからに不健康そうな印象を他に与える体だが、髪の毛は意外と滑らかだ。形容するなら、まさにしっとり、さらさら。手袋越しにしか感じることはできないが、これは絶対に肌触りも良いに違いない。
髪の毛を弄る手はそのままに、顔を覗き込んでみる。相変わらず血色は悪い。が、こうやって目を閉じていれば案外整った顔立ちなのだということに気付く。起こす気はさらさら無かったのだが、つと瞼を空いている手でなぞるとゆっくりと目が開かれた。そして思い切り、不機嫌そうに眉根を寄せる。
ああ、勿体ない。
「…何をしている」
寝起き特有の擦れて若干低い声で、ヴィクセンはそう告げる。
「いや…美しいと、思って」
それに答えるとくだらん、とでも言うように鼻で笑われた。
「我等に心は無い」
「しかし記憶はある」
目を細め、もう一度ヴィクセンの髪に手を伸ばす。ヴィクセンは鬱陶しそうに上体を起こし、立ち上がった。手のひらの上の金髪がさらさらと流れ落ちる。こつん、と一つ硬い音がして、相手が歩き出したのだと把握した。手の中の金は完全に無くなった。
……行ってしまった。
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