小説@

□デミックスの暴走
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闇の回廊から出る。温度の無いそことは違い、晩秋を迎えた外は冷たかった。さくり。歩くたび、霜と霜の擦れる音がする。砂利道は歩き辛いな、とシグバールは溜め息を吐いた。


「帰るぞ、デミックス」


目下数メートルの位置に佇む青年を見止め、声をかける。デミックスはぼうっと空を見上げたまま動かない。そこにはいつものおちゃらけた雰囲気は無かった。
昨日、結局デミックスは城へ帰還しなかった。発信機で動向を探ってみるも、どうやらサボりではないらしい。珍しく真面目に任務をこなしていると聞いたのだが、そう難しい任務でもなく、連れ戻すのにシグバールが任命されたというわけだ。拾ってきた責任を取れ、とのこと。しかし、それはあまりにも理不尽ではなかろうか。あくまでも拾ったのは機関であり、シグバールではない。率直に本音を言ってしまうと、面倒臭い。
しかし指名されてしまったものは仕方がないので、デミックスがいるという任務地へと赴いた。一応確認のために全エリアを回ってみたのだが、面白いほどハートレスは出てこなかった。やれば出来るじゃねぇか、とサボり症の後輩を見直し、姿を見た瞬間にその考えは飛んだ。


「シグバール」


無感情な声。こちらをちらりとも見ようとしない。デミックスは普段からまるで心があるかのように振る舞うのが巧かった。言葉にも、動作にも、どこにも不自然なところなど無く。だからこそ、ノーバディであるなら自然であるはずの、全く心のこもった響のない声に妙な不自然さを感じた。


「人間って、完全なの?」


「存在としては、完全だな」


「あぁ、そっか…。そうだよね」


いきなり何を。問う前に口から滑り出たのは、科学者としての言葉。
デミックスは視線を空から下にずらす。前に向けられた目には、何も映ってはいないように感じられた。


「俺、記憶はあるのに覚えてないんだ、闇に呑まれたときのこと。俺のいた世界は無事だったから、闇に呑まれたのは俺だけだと思うんだけど」


無感情な瞳。すらすらと綴られる言葉。長くなりそうだ、とシグバールは体を壁にもたれさせた。


「学校入って、友達できて、バンド始めて、プロになって、それなりに売れて…。だけど、無いんだ、記憶に中に。闇に呑まれるようなことが、闇に染まりきるようなことが」


口元が弧を描くように歪められる。目線は相変わらず前を向いたまま、しかしそこには何が映っているのか分からない。


「もしかしたら、忘れるほど嫌なことがあったのかもしれない。闇に呑まれちゃうほど、苦しくて、いやなこと。…皮肉だよね、持ってたから忘れようとして、忘れた後で知りたがる。でも仕方ないよね、無かったら、欲しいもん」


再び表情が消える。心があるならばどんな表情をしているだろうと、ふと考えた。結局、答えは出てこなかったのだが。
デミックスがようやくシグバールの方を振り返る。小石同士が擦れあい、じゃり、と重々しい音がした。


「今、俺たちには心が無いんだよね?出ていった心は、ハートレスになってる。それがもしキーブレードに倒されちゃってたら、キングダムはーつの一部になってる。俺たちの目的はキングダムハーツを手に入れること。それって心を手に入れるってことだよね?その中に、俺の心が一部でもあったらいいんだけど」


歩きながらも、口の動きが止まることはない。デミックスが足を動かすたび、じゃりじゃりという音が響く。
シグバールの前を通り過ぎる。それから二、三歩歩いたところで、再び動きを止めた。


「…でもどうしてかな。一度失くしたものを手に入れるのは、出来ない気がするんだ。心は欲しいけど、手に入るのは別のもので、俺のじゃない」


沈黙。しばらく経ってから再び振り返り、シグバールに向けていつものようにへらりと情けない笑みを浮かべた。


「ぐるぐる考えてたら、ワケ分かんなくなっちゃって」


「…デミックス」


「愚痴だよ、愚痴。だって何にも教えてくれないんだもん」


子供っぽい仕草、表情、声色。先程のことを見た後にも関わらず、それは不自然なほど違和感が無かった。そのことに何かを思う暇もなく、デミックスは拗ねたような表情を見せた。


「ねぇ、早く帰ろうよ。お腹すいた、ドリア食べたい。…あ、報告書よろしく」


「あ?ふざけんなガキ、てめぇでやれや」


「だってこの前字が汚いって怒られたんだもん!もう直んないよ、仕方ないじゃん」


闇の回廊を開く。デミックスはためらいもなくその中に体を滑り込ませた。シグバールも後を追うように回廊の中に消えた。



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