小説@
□first contact side s.sqarlo
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ひとをころすのは簡単だ。剣を一振りすれば終わる。どれだけ富や名声を手にしていても、最期は皆一様に呆気ないものだ。そんな人生に落胆する暇もなければ、つもりもない。これは割と悪くない人生だと俺は思っている。
「よお」
「…おースクアーロ、久々だな」
剣帝テュール。10年ほど前に二代目剣帝を俺が引き継いだ。それを期にテュールは引退、今は誰とも知れぬ一般人。それが、教会から出てくるのを、たまたま見かけてしまった。一般人と教会。不自然な点は何もない。問題は時間と、場所と、その個人だ。
「アンタ、神様ってやつを信じてたんだなぁ、意外だぜぇ」
「うんにゃ、ぶっちゃけた話、信じてねぇよ」
「…なのに、教会かぁ?」
「神父様に会いに来たのさ」
「こんな真夜中にかよぉ」
「そーそー、こんな真夜中に」
…怪しいだろ、その神父。テュールは元の職業が職業だから、際立って不審だとは思わないが。
「気になるなら寄ってけよ」
「………」
もしかしたら同業者、下手したら敵対関係にあるものかもしれない。こぢんまりとした教会の入口に目を向ける。…教会と称して良いものか、敷地面積はあまり広くない。というか、スラムに近いこんな辺鄙な場所に教会なんてあったのか。そんな面持ちで教会の扉に目を向けていると、じゃーな、と言ってテュールは去っていった。
散々迷った末、扉を押してみた。きぃ、と少し錆びた音がして、予想よりも遥かに軽く扉が開く。電気は点いていない。だが、曇りのはずなのに月明かりに照らされたようなステンドグラスは綺麗と称するに申し分ないものだった。
「おや。今夜はよく人がいらっしゃいますね」
ステンドグラスを背にして立つ男がいた。年は若い。二十歳に到達するかしないか、そのくらいの年齢に見える。少し外ハネの黒髪に、ピアスもいくつか空いていた。薄明るいから視認出来たのだろうが、これが『神父様』か?到底そうは見えない。
「アンタが『神父様』かぁ?」
「えぇ、まあ、そうです」
敬語に大きな違和感を感じる。言葉がおかしいのではなく、外見と言葉に大きなギャップがあって似合わないのだ。しかし背景のステンドグラスとは見事にマッチしているので、またそこに違和感を覚える。
「何歳だぁ?」
「先日、二十一になりました」
年齢よりも少し若く見える。二十歳に到達するかしないかの年齢に見えたのは神父の服を着ているからで、私服だと十代後半に見えるだろうと近くで見て思った。
「こんな真夜中までやってんのかぁ?親切にも程があるだろぉ」
「ふふ…ここへは夜中にいらっしゃる方が多いものですから。基本的に夜はいつでも開いていますよ」
「ってことは昼間に閉めてんのかぁ?」
「ええ、月に二、三回程」
「…それで身体もつのかぁ?」
「昼寝で事足りるんです」
「カミサマの前で不謹慎だぜぇ?」
「神は全てを許してくださいます」
にっこりとイイ笑顔で答えた神父。…随分と都合の良いカミサマだ。
それにしても食えない男だ。外見はただの現代風の男なのに、言動と態度はまるで違う。興味とはまた違う、面白いという感情が沸き上がってきた。少し話してみようと椅子に座る。
「一人でやってんのかぁ?」
「えぇ」
「若ぇのに大変だなぁ」
「あなたも十分お若いですよ」
「まぁな。…綺麗だな、このステンドグラス」
「そうでしょう、先日磨いたばかりなんです。少ない光でも浮き上がって見えるんですよ」
「へぇ。夜明け頃に見るとさぞすげぇんだろうなぁ」
「それはもう!わざわざ見にいらっしゃる方までおられますよ」
「羨ましいなぁ、あんたは毎日見れるんだろぉ?」
「えぇ。毎日見ていても見飽きませんね」
「ずいぶんじゃねぇか、そりゃ」
「良ければまたいらしてください。今度は晴れの日にでも」
「楽しみにしとくぜぇ」
席を立つ。あまり長居してもボスの機嫌を損ねるだけだ。神父に背を向ける。一歩踏み出そうと足を動かしかけたところで声がかかった。
「あなたに神の御加護がありますように」
振り向くと先程までと同じ微笑みを称えた神父がいた。
「…Grazie」
教会を出た。雲が晴れて月が現れる。改めて足元を見ると乾いた血がこびりついていた。忘れていたが任務帰りで左手に剣も括り付けたままだ。それでいてあの神父の反応。…面白い。今度は言われた通り晴れの日にでも来てみるか、と柄にもなく思った。
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