月の夢
□序章【呼ぶ声】
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そこは一切の光も音もない、虚無の空間―――…
かつて鬼を滅ぼし、混沌の闇から世界を救った少女は眠り続ける
再び歯車が動き出す、その時まで…―
――…シャラン
目覚めよ……白桜
(――…誰?私を呼ぶのは――)
『白桜……』
暗闇に光が差し、少女の固く閉じられていた瞳がピクッと動いた
(この声は…大黒天?)
『白桜よ…茶吉尼天が地上に堕ち、世界が歪められようとしている。目覚めなさい。』
(…いけない。この身は罪深きモノ。わたしが再び目覚めることなど――)
少女は瞳を開くまいと、覚醒しつつある意識を再び沈めようとした
『白桜よ…そなたは既に十分罪を償うたであろう――我もこれ以上虚無に身を置く娘を見ているのは辛いのだ―』
【娘】
そう、白桜は大黒天より生まれし神
かつてはその力で天部の一柱を担う程の地位に座していた
(この罪深き身を…貴方はまだ「娘」と呼んで下さるのか…)
『何より茶吉尼天が堕ちたのは…そなたが眠る世界』
その言葉に白桜の瞳は開かれた
その姿を愛しそうに、哀しそうに見つめるのは同じ漆黒を纏う父
「……!」
――私の愛した世界
この身を、力を捧げ、応龍と共に護る世界…
私の力は応龍に溶け、体は京に眠っている…
再び目覚めることが許されるのか…?
神の身でありながら人を愛し…人の世に干渉してしまった私が――
『あやつは鎌倉の頼朝のもとに――間もなく戦乱の世が始まり…再び白龍の神子が召喚されるだろう』
「白龍の神子が何故?応龍は…まさか!」
白龍の神子…
龍神の加護が失われ龍脈が断たれた時、京を滅びから護る為に異世界より召喚される者―
『200年の眠りよりそなたが目醒めたのが何よりの証――。そなたと応龍は再び分かたれた…』
「応龍は…消滅したのですね……私に再び人の世に干渉しろと?」
『…そなたに再び人の世に降りろと言うのは酷であろう――しかし世界が乱されている今、自由に動ける者がいないのだ。皆それぞれに護らねばならぬ民がいる。我とて此処を離れるわけにはいかぬ…他の神々も承知の上だ』