花霞の向こうに

□囚われた鳥の朱色の憂鬱。
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『おにわか』

『湛増』



地獄のような日々から君を遠ざけるために捨てた優しい日々。



『おれのおんなになりなよ!』

『僕は男ですよ…?』



それからの地獄のような日々を生き抜くために支えにした愛しい記憶たち。



『おねがい、おにわかっ!こいつたすけてよ!!』



いつだったか、彼は怪我をした小鳥を連れて来て。



『ぜったいにたすけろ!』



強がりな命令口調の割に今にも泣き出しそうな顔で、僕に小鳥を押し付ける。

よく見れば彼の体は擦り傷だらけで、小鳥などよりずっと湛増の方が心配だったのを今でも鮮明に覚えている。



そう。
彼はいつも誰かのために傷付くから心配だ───…















「───なーんて、助けて欲しいのは寧ろ僕ですよ…」

「あぁ?なンか言ったか?」

「いいえ、何も」



昔の記憶に耽っていた弁慶はふと我に帰って自分の状況を皮肉った。
独り言に反応した船員に弁慶は首を振る。

船員。
そう、今弁慶は船に乗っている。正確に言うならば乗せられている、が正しい。



(…えと、どうしてこうなったんでしたっけ)



神子たちと行動を共にしていた筈の弁慶が何故船に乗せられているのか。
弁慶は水平線を眺め、今までの記憶を遡った。



(…あぁ、そうだ。)



薬草を調達してこようとたまたま別行動した隙を狙われ数人の男たちに無理矢理拉致されたのだった。



「…あのー」



やっと自分の状況を理解、納得できた弁慶は次の段階に進む。



「何だ!」

「僕に何か用ですか?」



つまり、相手方の目的を探ることだ。

数年前のやんちゃな頃ならいざ知らず、大人しくしていた筈の最近で拉致される程の恨みを買った覚えは特にない。
ましてや暫く帰っていなかった地元熊野で突然喧嘩を吹っ掛けられるようなことなどしていない。



「あぁン?」

「何故僕をこの船に、とお聞きしているんですよ」



ならばただ通行人に絡んだだけか、というとそれも可能性は低い。
拉致する意味が分からないし、第一一人になるのを待つ必要も特に見受けられない。

何故?
考えても答えは出ず、弁慶は直接見張りの男に訊ねた。



「オメーにゃ色々聞きてぇことがあんだよ。大人しく待ってろ」



聞きたいことがあるなら今聞けばいいのに。
などとは言えるわけもなく、弁慶は恐らくこの船ではかなり低い地位に位置するだろうこの男に聞こえないよう悪態を吐いた。



「そうですか…」



仕方ないな、という風に溜め息混じりの曖昧な返事を返し、弁慶は空を仰いだ。

両手両足を縄で縛られ、帆の柱に立ったままくくりつけられているこの状況では他にできることはなかった。



「ヒノエ…きっと怒ってますよねぇ…」



すぐに戻ることを前提に一人で行くことを許可された身としては、不可抗力とはいえ戻れなくなってしまった。後が怖い。

今すぐに脱走は不可能。となると帰りたいような、帰りたくないような。



「……ごめんなさい」



届くはずはないのだけれど、取り敢えず謝っておこうと謝罪する弁慶であった。











一方その頃、当のヒノエはというと。



「遅ぇ。」



弁慶の予想通り、噴火寸前の激しい怒りを露にしていた。



「ひ、ヒノエ君…」

「ヒノエ、落ち着け…」



不機嫌のメーターがあるとしたら二つや三つでは足りないくらいの黒い雰囲気を背中に携え、ヒノエは宥めようと試みる神子と敦盛を一瞥した。



「なぁ…俺、言ったよな?一人で行くならすぐに帰って来いよって。」



それは確かに数刻前ヒノエが弁慶に発した注意事項だった。

今、もし彼が怨霊に会ったら神子や補助属性なしで術が使えるかもしれない。
それ程の怒気だ。



「んでアイツ頷いたよな?すぐに戻りますよって言ったよな?なぁ?」



ヒノエが言いたいのは自分が間違っているかどうかの確認ではない。
何故それで今弁慶がここにいないのか、ということだ。

そんなことを二人に言った所で解答など得られる筈もないのだが、ヒノエはずっとこんな調子で八つ当たりを繰り返している。



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