瞬速の羽、人類最速につき。

□ACT.5「調査兵の誇り」
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『…お前は、調査兵団だな?』
そう訊かれた時、いつだって即答できる自分でいたいの。








ACT.5「調査兵の誇り」







「お前は残れ、シアン」



エレンの見張り担当の憲兵に呼び止められ、シアンは表情を怪訝そうに歪めた。



「は?何でよ」



リヴァイのお陰で何とか耐えられているものの、ここは自分が最も嫌う場所だ。
長居したい訳がない。

『嫌だよ』言外に言い含めシアンは憲兵たちを睨んだ。



「…それが約束だった筈だ。エルヴィン団長殿」



睨まれても怯みもしない彼らは、正しいのは自分たちだと言わんばかりにシアンの上司へ確認の言葉を投げる。

シアンはまさか、とエルヴィンを振り返った。



「…あぁ」



放たれたのは、肯定だ。
シアンはその短かすぎる返事には否定の続きがあると信じて疑わなかった。



「話がある。座れ」



しかしエルヴィンは背を向けた。
憲兵たちの命令が耳を素通りする。無理やり座らせられた所で漸く『続きはない』のだと知った。



「え、エルヴィンさん…!」

「シアン」



立ち上がる。
名前を呼ばれ、期待が胸に宿った。



(あぁ良かった。やっぱり連れて行ってくれるんだ)



希望は願望。シアンは心からそう願った。



「彼らは君に話があるらしい。聞いてやりなさい」

「…っ、」



けれど、その願いは間もなく砕かれる。



「エル、ヴィンさん…」

「頼む」



真剣な表情。
彼にはきっと、考える所があるのだ。

『いつもそう。』
凡人の自分にはとても及ばない思慮深いエルヴィン。

彼が間違ったことは一度もない。



「………はい」



ないのだ。
だから自分がすべきは、『信じる』。『従う』。それだけだ。

例えそれが―――どんなことであろうとも。



「ありがとう、シアン。話が済んだら私の部屋に来なさい」

「はい」



覚悟はした。
エルヴィンとリヴァイの背中を見送り、シアンはエルヴィンが座っていた椅子を出口に向け腰掛けた。



「―――で。話って?」



足を組み、憲兵たち二人を見上げる形で一瞥する。
右手にはエレン。状況に驚いている様子だったので手を振ってやる。



「…ナイル師団長からの命令だ。憲兵団へ戻ってこい」

「ですよねー。だから嫌だったんだよ、ここに来るの」

「何だと!?」



喧嘩を売るようなふてぶてしい態度に、憲兵はシアンを怒鳴った。



「だって絶対そう言われると思ったんだもん」



シアンがここに来ることを嫌がった理由は、実は二つある。

一つは過去、かつてこの場に無実の罪で収監され、助けられる人々を助けられなかったことからくる罪悪感のため。

もう一つは発した言葉通り『憲兵団へ戻れ』と言われることを予測していた為だ。



「戦闘不能で負傷者届け出したもんなぁ…。上官殿も耳が早いわ」



シアンが調査兵団へ異動した時から、ずっと言われてきたこと。


かつて自分の上司であり、あの日自分の牢の見張りを担当した上官、ナイル・ドーク師団長。

彼はいつも『機会は作ってやる、憲兵へ戻ってこい』と口酸っぱく言っていた。


左手を失った今、調査兵団でシアンが出来ることは限られている。
主に断る理由にしていた信念も今果たせない状況。
これを見逃す筈がない。



「罪を許すと言ってるのだから戻ってくればいいだろう」

「内地だぞ。他にも全ての権限を戻すとも仰っていた」

「だってよー?ねぇエレン、何このデメリット〜って感じだよねぇ?」

「は、はぁ…。自分には何とも…」



あははは、と微笑を浮かべエレンと和やかに会話するシアンであったが、内心、穏やかではない。



「罪人の分際で…選べる立場か!再び牢に戻してやろうか!?」

「っ…!」



胸ぐらを掴まれ檻の格子に叩きつけられる。
びくり、とシアンの肩が跳ねた。



「…お断りします。」



きっ、と鋭く睨まれた憲兵は思わず手を離す。

先程のふざけた態度とは打って変わった、真剣な面差し。
その場の全員の背中に、ぞくりと冷ややかなものが走った。



「…私には、巨人を殲滅する夢があります。今まで食われてしまった人々の仇を討つ夢が。それは憲兵では叶いません。なのでお断りします」



歪んだリボンタイを戻して、ワイシャツとジャケットを直す。
背中の痛みは飲み込んで、シアンはきっぱりと断った。



「貴様…」

「…と、いつもナイル師団長にはお返ししています。この度もそうお伝えください」



あくまでも冷静に。
熱くならないように。

言い聞かせて頭を下げる。



「かっ、」

「?」



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