瞬速の羽、人類最速につき。
□ACT.7「必要なこと」
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私がもう一度空を飛ぶために、必要なものはすべて揃った。
ここから始まる、私の反撃。
ACT.7「必要なこと」
陶器が擦れる音が響く。
持ち上げたカップの中身を一口含み、こくりと喉を鳴らした。
芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
満足そうに頷き、エルヴィンはカップを受け皿へ戻した。
「こんなものか…」
無事審議を終え、エレンを調査兵団に入れることができた。
これからの兵団の方向について思案中だったエルヴィンは、困ったように溜め息を吐いた。
「しかし…やはりシアンは不可欠になってくるな」
この自室で策を試行錯誤し始めて丸一日。
犠牲を最小限にするには、どう考えても彼女の存在は欠かせない。
「…いなくなってから、もう二日目か…」
しかし、シアンは審議の後から姿が見えなくなっていた。
「さて、どうしたものかな」
言いながら、心は決まっている。
エルヴィンにはシアンがいなくなった理由に心当たりがあった。
(…いつだったか、彼女の覚悟を利用した上層部を非道だと言ったが…これでは私も変わらないな)
エルヴィンは自嘲の笑みを浮かべ、またコーヒーを口に含んだ。
『くそ…っ!!』
(審議の時、きっと誰かを餌にされシアンは呼び出された)
シアンを誘い出した憲兵団の者たちの意図は、容易に読めた。
『…やられたな』
本当にそう思った。
シアンが欲しい彼らは、阻止しかねない自分やリヴァイが動けない時間――拘束を約束された審議のタイミングを狙って実行したのだ。
「……シアン…私は…、狡い男だ」
小さく呟いた独白は、コーヒーの中に溶けて消える。
「すべて分かっていて…君にばかり無理を強いる。…あの頃と同じ様に」
四年前、調査兵団へ入団したシアンは巨人と戦うことを『選んだ』と言った。
そうなるように仕組んだ上層部。
そして、それを期待していた卑怯な自分。
今、エルヴィンは昔と同じ罪悪感を抱いている。
『知っていながら』見過ごすのだ。彼女の苦痛も、害される未来も。
(…耐えてくれ。憲兵団が義手の制作を妨害している今、他に君が左手を得る方法が…ないんだ)
壁外調査は約一ヶ月後。
このままでは腕のないシアンの参戦は不可能だ。
他に打てる手はなかった。
何度目の確認だろうか。
憲兵たちはシアンを求めている。一人にすれば必ず接触を図るはずだ。
そして持ちかけるだろう。何らかの『苦痛』を条件に、義手を作ってやるからと。
「シアン…!」
せめて、無事を祈る。
自分勝手なことは百も承知だ。
しかしシアンの存在は、今や調査兵団に必要不可欠。
特に内側に『敵』がいるかもわからない現状では、疑う余地もない彼女は、エルヴィンにとってリヴァイと同等以上の価値があった。
『シアンをお願いね…エルヴィン』
ふと、レイラの最後の声が聞こえた気がして、デスクの上に置かれた彼女の写真を手に取る。
『お願いって言ったのに』。
罪悪感からか責められている気がしてならなかった。
「許してくれ、レイラ…」
ゆっくり、亡きレイラの写真を伏せた。直視できるほど、割り切れる感情ではなかったから。
手が震える。己が無力さ、情けなさ故か。
「これは、必要なことなんだ。…あの子がもう一度、空を飛ぶために」
言い聞かせている相手は、本当はレイラではなく自分かも知れない。
そうしなければ、揺らいでしまいそうで辛いから。
『エルヴィンさん…!』
牢に置き去りにした時の、縋るようなシアンの眼差しが脳裏に浮かぶ。
手を、差し伸べてやりたかった。
本当は、本当に。
「…、ごめんな…」
帰ってきたら一番に抱き締めて、頭を撫でてやろう。
きっと笑ってくれる。優しい彼女なら。
心に決めた、その時だった。
「…エルヴィン」
ここん、と手早いノックが響いたのは。
声はリヴァイ。しかし彼にしてはそのノックは珍しい。
いつもならリヴァイは落ち着いて二回、その後に声をかけてくる。
「…リヴァイ?」
「入るぞ」
許可が出る前にドアを開け、リヴァイはつかつかとエルヴィンの座るデスクの前に出る。
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