0-3外伝

□中田さんと秋持くんは
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帰りのHRが終わって、私は先生に呼ばれた。

「ちょっと、行って来るね。」

「分かった。昇降口で待ってるよ」

「うん」

悠一くんと一緒に帰る約束をして、私は職員室へ向かった。


「おー、来たか。中田。お前もやるか?筋トレ」

「必要性を感じません。それで、用事って…」

「あぁ、ほらあれだ。」

そう言うと封筒を私に渡してきた。

「…ありがとうございます」

その封筒を、バッグの中に入れる。

「…残念だよ。寂しくなるな」

「…私も、すごく寂しいです。せっかく……せっかく…」

「親御さんの都合じゃ、仕方ないよな…でも、お前はずっと俺の生徒だぞ。困ったときは相談しろよ」

「…はい。ありがとうございます。」

先生に向かって頭を下げて、出入口へ向かう。

そこで、思い出して先生に言う。

「先生、本を……」



辺りはオレンジ色に染まっている。

雲も、地面も木もみんな綺麗なオレンジ色の光で輝いている。

そんな中、私と悠一くんは歩いていた。

私と悠一くんの手には紙袋が一つずつ。

全部本が入っていて、片方を悠一くんが持ってくれている。

「それにしても多いねー。没収された時より増えてたりして」

悠一くんは楽しそうに言った。

「うん、増えてるよ。先生がオススメの本をくれたの」

「へ?緋藤が?何でまた」

「…色々あって、記念にだって」

思わず俯いてしまった。

だけど、すぐに顔をあげる。

「ね、ねぇ。悠一くん!」

「おお!?な、なんでしょう」

「あ、あの…えと……」

喉元まで出てきているのだが、中々いえない。

視線を色んな方向へ行ったり来たりさせながら、モジモジしてしまう。

「あの……」

思い切って言う。

「良かったら…きょ、今日家に来ない?」

言い切った時にはものすごく鼓動が速くなっていた。

返事を待つ。

「…いいの?」

「う、うん。来て欲しいの」

「…分かった」

悠一くんは空を見上げた。

照れてる時や恥ずかしいときは空を見上げる事が多い。

だから、悠一くんは少し分かりやすい。

今度は、私の方から手を握った。

悠一くんは少し驚いた顔をしたけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「もう、離さないよ?」

私は少し意地悪そうに、悠一くんに言った。


家に着くと、外を掃除していた母と鉢合わせした。

私、悠一くん、手を見ると、無言で家に走って入っていった。

「ちょっと、アンターーーー!!!」

「ど、どうした!」

と言った母と父のやり取りが聞こえて少し恥ずかしくなる。

悠一くんは、笑いを堪えていた。

「元気な人だね」

「……うん」

下を向きながら返事をして、どうしようか悩んでいると母が父を連れて出てきた。

「ほら、アンタ!雪が彼氏さん連れてきたわよ!!」

「な、なんだとぉ!?雪、父さんじゃ不満なのか!?」

「気持ち悪いこと言わないで!!」

私が大声で叫ぶと、お父さんはものすごく固まった。

「そ、そんな…と、父さんは……」

「それより、雪。その子が彼氏さん?名前は?いつからだい?」

「え、えと…」

「全く、雪。昨日帰ってきた時から嬉しそうにしてると思ったら、これか!!父さんが早く帰ってきたからじゃなかったのか!!」

「彼は、秋持悠一くん。」

隣に居た悠一くんは自慢げに胸を張って勝ち誇った顔をした。

それを見たお父さんの顔が、怒りに染まった。

お、親バカ!!

「今の私は、阿修羅さえも凌駕する存在だぁぁぁぁぁ!!」

悠一くんに掴みかかろうと、ものすごい速度で飛び掛る。

が、母の強烈な蹴りを喰らってその場に倒れこんだ。

「バカやってんじゃないよ!!恥かくのはアタシなんだよ!!」

そこに一人の女の人が通りかかった。

隣の家のおばちゃんだ。

「あらあら、どうしたんです?」

「まぁ相原さん。ウチの娘が彼氏を連れてきたのよ」

「あらまぁ!それはおめでたいじゃない。雪ちゃん、おめでとう」

私はおばちゃんに頭を下げる。

そして、また一人、一人、と近所の人が出てきた。

「まぁどうしたの」

「それがね、雪ちゃんが…」

「ホント!何かお祝いしないと…」

「そういえば、中田さんともお別れなのね、寂しいわぁ」

「最後に何かパーッとやりません?」

などと騒がしくなってきたため、私と悠一くんはそそくさと家に入った。

玄関を上がると、階段を登って部屋へ行く。

「…朝はごめん」

「い、いいよ!」

朝の出来事を思い出したのか、悠一くんが謝ってきた。

朝の事を思い出して、少し恥ずかしくなった。

部屋に入ると、荷物を置いて二人でベッドに腰掛ける。

「…朝と比べて物が減ってない?」

悠一くんが辺りを見回しながら言った。

「……うん。」

朝と比べて、本棚やタンスのいくつかなどが無い。

一瞬見ただけなのに、よく分かったなと思う。

「……悠一くん」

横に居た悠一くんに抱きついて、ベッドに倒れこむ。

「ゆ、ゆゆゆ雪ちゃん!?な、何をしてるの?まだベッドシーンは心の準備が…」

「ち、違います!!」

ごほん、と咳払いをして、悠一くんを見る。

「あ、あの!!ね……」

そこまで言って、言葉が出なくなった。

言えば一緒に涙も出そうだった。

口を開けたり閉じたりしていると、私の手を悠一くんが握った。

それで、私は決意した。

「私…その……転校、するの」

言い切った。涙が出そうだった。

泣きたくてたまらなかった。

悠一くんは、驚いていた。

その顔を見ると、ものすごく悲しくなった。

「…い、いつ、なの?」

「…明日の、夕方くらい、かな……」

「そ、んな……」

しばらくの間沈黙が続いた。

重い空気の中、私が先に口を開いた。

「私、ね。転校するのがすごく怖い。せっかく、悠一くんと出会えて、少しずつ、変われると思った。」

続ける。

「転校するかしないか、前からそんな話はあったんだけど…昨日、いきなり決まったんだって」

続ける。

「転校したら、中学の時みたいになるんじゃないかって、思うの……」

続ける。

「私……」

「大丈夫」

悠一くんの声が響いた。

その声は、この暗い雰囲気を吹き飛ばすような、優しく力強い声だった。

思わず涙が零れた。

「雪ちゃんは、大丈夫だよ。今日の掃除の時間、変わろうとしてたでしょ?」

掃除の時間。

図書室での出来事。

「図書室に遊びに行ったとき、見たんだ。雪ちゃんが、思い切って女子に話しかけてるのを」

「………」

「仲良く、なれたでしょ?雪ちゃんは、自分でその一歩を踏み出せたんだ」

「…ゆ、悠一くんが…居てくれるからで、居なかったら…」

「違うよ。俺がきっかけになったんだとしても、それでも雪ちゃんが自分で踏み出せたからだよ。あくまで俺はきっかけなんだ」

「………」

「きっと、大丈夫だよ。みんな、応援してるよ」

…私はもう、泣かなかった。

泣かないと決めた。

「…私、もう泣かない、から。嬉しいときしか、泣かないよ」

「…そっか」

「うん、絶対」

天井を見上げて、どうしても聞いておきたいことを、聞いた。

「……私の事、ずっと…好きで居てくれる?」

恐る恐る聞いた。

これだけは、聞いておきたかった。

悠一くんは、ニコリと微笑んだ

「もちろん」

その言葉は、生涯決して忘れないだろう。


その後は、ずっと二人で話をしていた。

好きなものや嫌いなもの、楽しかった事や大変だった事、色々話をした。

私が楽しかった事は、悠一くんと出会ってからくらいなので、あんまり新鮮味はなかったけど

お互いどんな気持ちだったのかなどを聞いて、凄く恥ずかしかったり嬉しかったりした。

時間を忘れるほど話した。

気付くと、もう10時を過ぎていた。

「…そろそろ、帰らないと」

「…そう、だね」

お互いに表情は暗かった。

この時間が、終わりを迎えようとしていた。

「明日、学校は?」

「…行けないんだ。片付けしないといけないから」

「……そっか」

部屋を出て、階段を降りる。

胸が締め付けられる。

そして、ついに玄関まで来た。

「おじゃましました」

私も悠一くんと一緒に玄関を出る。

「…ありがとう。ここまででいいよ?もう遅いから危ないし」

「で、でも…」

「………ありがとう」

もう、何も言えなくなった。

「じゃぁ、また明日」

「…うん、また明日」

そう返した。

悠一くんは走り去ってしまった。

「…また、ね」

こうして楽しかった時間は終わりを迎えた。
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